「イェントゥー=ヴィンギエム=コンソン・キエップバックの遺跡・景観群」(下の地図⑨)は、2025年7月にフランス・パリで開催された第47回世界遺産委員会において、ベトナムにとって新たな世界文化遺産として登録された、極めて重要な文化遺産です。
ベトナム北部のクアンニン省、バクニン省、ハイフォン市という広大な地理的範囲にまたがり、ベトナム独自の禅宗である「竹林(チュックラム)派」の発祥の地として、また国家の独立と精神性を象徴する歴史的舞台として、その顕著な普遍的価値が認められました。
はじめに:ベトナムの新世界遺産
ベトナムは、ハロン湾やホイアン古市、フエの建造物群など、既に数多くの世界遺産を擁していますが、2025年の新規登録により、その世界遺産リストに新たな輝きが加わりました。「イェントゥー=ヴィンギエム=コンソン・キエップバックの遺跡・景観群」は、単なる歴史的建造物の集合体ではなく、ベトナムの精神文化、特にベトナム独自の仏教宗派である「竹林派」の発展と、対モンゴル戦などの重要な国家の歴史とが密接に結びついた、生きた景観遺産と言えます。
世界遺産としての基本情報
名称 | イェントゥー=ヴィンギエム=コンソン・キエップバックの遺跡・景観群 |
---|---|
登録年 | 2025年 |
登録基準 | (3):現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。 (6):顕著で普遍的な意義を有する出来事、生きた伝統、思想、信仰、芸術的作品、もしくは文学的作品と直接または明白に関連する。 |
この世界遺産は、その広大な範囲と、各構成資産が持つ独自の歴史的・文化的意義が特徴です。主な構成資産は以下の4つに大別されます。
- イェントゥー山 (Yên Tử):ベトナム仏教、特に竹林派の聖地。
- ヴィンギエム寺 (Vĩnh Nghiêm):竹林派の重要な中心寺院。
- コンソン寺 (Côn Sơn):竹林派の禅宗の中心地の一つ。
- キエップバック神社 (Kiếp Bạc):ベトナムの英雄チャン・フン・ダオゆかりの地。
これらの地域が相互に関連し、一つの壮大な物語を紡ぎ出していることが、この世界遺産の核心にあります。
各構成資産の詳細と見どころ
各構成資産の詳細とみどころについて、ご紹介します。
イェントゥー山 (Yên Tử)

イェントゥー山は、ベトナム北東部のクアンニン省に位置する標高1068mの霊峰であり、ベトナム仏教、特に竹林派の聖地として崇められています。陳朝(1225〜1400年)時代の第3代皇帝である陳仁宗が、モンゴル軍を撃退した後に王位を放棄し、この山で僧侶となって竹林派を創設したことで知られています。山中には、数多くの寺院、仏塔、墳墓、記念碑、彫像などが点在し、それらは自然の地形と見事に調和しています。
見どころ
- フア・イェン寺 (Chùa Hoa Yên): イェントゥー山の中腹に位置する主要な寺院で、竹林派の創始者である陳仁宗が修行した場所とされています。壮麗な建築と、周囲の自然が織りなす景観が魅力です。
- ドン寺 (Chùa Đồng): 山頂に位置する青銅製の寺院で、ベトナムで最も高い場所にある寺院の一つです。霧の中に浮かび上がる姿は幻想的で、素晴らしいパノラマビューを望むことができます。到達するにはロープウェイと、そこからさらに急な階段を登る必要がありますが、その苦労に見合うだけの感動があります。
- フー・ヴァン寺 (Chùa Phù Vân) や ザイ・オアン寺 (Chùa Giải Oan) など、山中に点在する様々な寺院や庵を巡ることで、竹林派の歴史と信仰の深さに触れることができます。
- 自然景観: 豊かな森林、奇岩、渓流など、イェントゥー山は美しい自然景観も魅力です。特に、春には花々が咲き乱れ、秋には紅葉が美しいなど、四季折々の表情を見せます。
巡り方
山頂までロープウェイが2区間に分かれて整備されており、比較的容易に主要な見どころにアクセスできます。ロープウェイを乗り継ぎ、最終地点からは徒歩でドン寺を目指します。体力に自信がある方は、麓から徒歩で登山することも可能ですが、数時間を要します。聖地としての雰囲気を味わうには、早朝に訪れるのがおすすめです。
ヴィンギエム寺 (Vĩnh Nghiêm)

バクニン省に位置するヴィンギエム寺は、竹林派の重要な中心寺院の一つであり、竹林派の経典を記した木版が多数保存されていることで知られています。これらの木版は、竹林派の思想、歴史、文化を伝える貴重な史料であり、ユネスコ世界記憶遺産にも登録されています。
見どころ
- 木版群: 寺院に保存されている3000枚以上もの木版は、竹林派の教義や仏教に関する知識、医学、文学、地理など多岐にわたる内容が刻まれており、当時のベトナムの学術水準の高さと、竹林派が果たした役割を物語っています。
- 建築様式: 時代ごとの増改築を経ていますが、ベトナムの伝統的な寺院建築様式をよく残しており、繊細な彫刻や装飾も見どころです。
巡り方
バクニン省の比較的平坦な地域に位置するため、アクセスは容易です。ハノイからの日帰りも可能です。ベトナム仏教や歴史に深く関心がある方には、特に時間をかけて訪れる価値のある場所です。
コンソン寺 (Côn Sơn)

ハイフォン市に位置するコンソン寺は、11世紀に建立され、13世紀に改修・拡張された歴史ある寺院です。イェントゥー山と同様に、竹林派の禅宗の中心地の一つとして機能し、多くの石碑や彫像が保存されています。ここは、陳朝の著名な学者であり、詩人であったグエン・チャイ(Nguyễn Trãi)が隠遁生活を送った場所としても知られ、彼が竹林派の僧侶と交流し、思想を深めた地でもあります。
見どころ
- 歴史的建造物群: 寺院の主要な建物に加え、グエン・チャイが住んだとされる場所や、彼を偲ぶ記念碑などがあります。
- 石碑: 寺院には、歴史的な出来事や竹林派の教えを記した多くの石碑が残されており、当時の社会や文化を理解する上で貴重な情報源となります。
- 自然景観: 周囲は緑豊かな自然に囲まれ、落ち着いた雰囲気の中で歴史と仏教の深さに触れることができます。
巡り方
キエップバック神社と比較的近い距離にあるため、両者を合わせて訪れるのが効率的です。ハノイから日帰りツアーも可能です。
キエップバック神社 (Kiếp Bạc)

ハイフォン市に位置するキエップバックは、13世紀にモンゴル軍との戦いでベトナムを救った英雄、チャン・フン・ダオ(Trần Hưng Đạo)が兵士を訓練し、食糧を貯蔵した軍事拠点です。彼の死後、彼を祀るために神社が建立され、ベトナムの国家の独立と不屈の精神を象徴する場所となっています。
見どころ
- チャン・フン・ダオ神社: チャン・フン・ダオを主神として祀る壮麗な神社で、ベトナムの人々にとって英雄崇拝の象徴となっています。毎年、彼の命日には盛大な祭りが開催され、多くの参拝者が訪れます。
- 戦略的要衝: 周囲の地形が軍事戦略上いかに重要であったかを示す場所であり、モンゴル軍との戦いの歴史を肌で感じることができます。
巡り方
コンソン寺と合わせて訪れるのが一般的です。歴史的な戦いの舞台に思いを馳せながら、ベトナムの愛国心を育んだ場所に触れることができます。
歴史的背景と文化的意義
この遺跡・景観群が世界遺産に登録された背景には、ベトナムの仏教史と国家史におけるその決定的な役割があります。
- 竹林派の創設と発展: 陳朝第3代皇帝陳仁宗(在位1278-1293年)は、モンゴル軍の度重なる侵攻を撃退した後、1293年に皇位を息子に譲り、イェントゥー山で仏門に入りました。彼はベトナム独自の禅宗「竹林派」を創設し、仏教を民衆に広め、国家の精神的支柱としました。竹林派は、インドや中国の仏教から影響を受けつつも、ベトナムの風土や国民性に合わせた独自の教義を発展させ、王室から民衆まで広く信仰されました。その教えは、平和、寛容、人間と自然の調和を重んじ、ベトナム人の精神性形成に大きな影響を与えました。イェントゥー山はその聖地であり、ヴィンギエム寺とコンソン寺は竹林派の重要な中心地として機能しました。
- モンゴル軍との戦いと国家の独立: 13世紀、ベトナムはモンゴル帝国による3度の侵攻に直面しました。チャン・フン・ダオ将軍は、これら全ての侵攻を撃退したベトナムの英雄です。キエップバックは、彼の軍事拠点の一つであり、兵士の訓練、食糧備蓄、そして重要な戦略会議が行われた場所です。彼の指導力と、ベトナム人民の不屈の精神は、国家の独立を守り抜く上で極めて重要な役割を果たしました。この勝利は、ベトナム人の愛国心と民族意識の象徴となり、キエップバックはその記憶を留める場所として現在も深く崇敬されています。
この遺跡・景観群は、宗教的な聖地としての役割だけでなく、国家の存亡をかけた戦いの記憶、そしてそれを乗り越えた人々の精神の象徴として、ベトナム国民にとってかけがえのない存在となっています。
訪問の計画と実践的アドバイス
「イェントゥー=ヴィンギエム=コンソン・キエップバックの遺跡・景観群」は広範な地域に分散しているため、効率的な訪問計画が不可欠です。
アクセス
ハノイが最も便利な拠点となります。各構成資産へのアクセスは以下の通りです。
- イェントゥー山: ハノイから車で約2.5〜3時間(クアンニン省)。ハロン湾観光と合わせて訪れることも可能です。公共バス、またはチャーター車を利用します。
- ヴィンギエム寺、コンソン寺、キエップバック神社: ハノイから車で約1.5〜2時間(バクニン省、ハイフォン市)。これらの地域は比較的近接しているため、1日で巡ることも可能です。
移動手段
個人旅行の場合、レンタカー(運転手付き)やチャーター車が最も便利で効率的です。公共バスも利用可能ですが、乗り換えが必要な場合や、時間的な制約がある場合があります。ツアーに参加することも、手軽に主要な見どころを巡る良い方法です。
宿泊
- イェントゥー山: 山麓や周辺地域には、ゲストハウスから中級ホテル、リゾートホテルまで、様々な宿泊施設があります。特に、巡礼者向けのシンプルな宿泊施設も多いです。
- その他: ハノイを拠点とする場合、日帰りも可能ですが、各構成資産をじっくり見学したい場合は、バクニン省やハイフォン市などの都市に宿泊することも検討できます。
訪問のヒント:
- 時期: 乾季(11月~4月頃)が、比較的過ごしやすく観光に適しています。雨季(5月~10月頃)は湿度が高く、降雨もあるため注意が必要です。特にイェントゥー山は天候に左右されやすいので、天気の良い日を選ぶと良いでしょう。
- 服装: 寺院を訪れる際は、肩や膝が隠れる服装がマナーとされています。イェントゥー山では、歩きやすい靴と、山頂の天候変化に対応できる上着を用意しましょう。
- 時間配分: イェントゥー山だけでも半日以上を要します。他の構成資産もじっくり見学するなら、2日〜3日間の日程を組むことをお勧めします。
- ガイド: 各地の歴史や文化を深く理解するためには、現地のガイドを雇うことを強く推奨します。ベトナム語や英語のガイドサービスが利用可能です。
- マナー: 寺院内では静粛を保ち、写真撮影が制限されている場所ではルールに従いましょう。
保護と管理、そして未来へ
「イェントゥー=ヴィンギエム=コンソン・キエップバックの遺跡・景観群」は、世界遺産登録によってその価値が国際的に認められると共に、その保護と管理の重要性がさらに高まりました。ベトナム政府は、この複合遺産の保存計画を策定し、継続的な修復、保全活動、そして持続可能な観光開発に取り組んでいます。
具体的には、以下の点が挙げられます。
- 保存科学と伝統技術の融合: 建造物の修復には、現代の保存科学的手法と、ベトナム伝統の建築技術や素材が組み合わせて用いられています。
- 環境保護: 各構成資産は豊かな自然環境に囲まれているため、開発と環境保護のバランスが重要視されています。特にイェントゥー山のような霊峰では、生態系の保護が不可欠です。
- 地域コミュニティとの連携: 遺跡の保護活動には、地域住民の協力が不可欠です。地元の文化や生業を尊重しつつ、世界遺産としての価値を次世代に伝えていくための取り組みが進められています。
- 教育と啓発: 訪問者や地元住民に対して、世界遺産の価値と保護の重要性を伝えるための教育プログラムや情報提供が行われています。
この世界遺産は、単なる過去の遺物ではなく、現在もベトナムの人々の信仰と精神生活に深く根ざした「生きた遺産」です。その壮大な景観と、歴史が息づく場所を訪れることは、ベトナムの多様な文化と豊かな精神性に触れる貴重な体験となるでしょう。
まとめ
「イェントゥー=ヴィンギエム=コンソン・キエップバックの遺跡・景観群」は、ベトナム独自の仏教宗派である竹林派の誕生と発展、そしてモンゴル軍からの独立を守り抜いたベトナム人民の不屈の精神を象徴する、極めて重要な世界遺産です。広大な範囲に点在する各構成資産は、それぞれが独自の物語を持ちながらも、互いに深く関連し、ベトナムの歴史と文化の壮大な絵巻を形成しています。
この新たな世界遺産は、単なる観光地としてだけでなく、ベトナムの精神文化の深さと、困難な時代を乗り越えてきた人々の英知を肌で感じることができる場所として、今後ますます注目を集めることでしょう。ベトナムを訪れる際には、ぜひこの「イェントゥー=ヴィンギエム=コンソン・キエップバックの遺跡・景観群」を訪れ、その唯一無二の普遍的価値を体感してください。








よくある質問

「イェントゥー=ヴィンギエム=コンソン・キエップバックの遺跡・景観群」はいつ世界遺産に登録されましたか?
2025年7月にフランス・パリで開催された第47回世界遺産委員会で、世界文化遺産に登録されました。
この世界遺産は具体的にどの地域にありますか?
ベトナム北部のクアンニン省、バクニン省、ハイフォン市にまたがる広大な地域に位置しています。
なぜこの地域が世界遺産に登録されたのですか?
(iii) ベトナム独自の禅宗「竹林派」の発展と、それが社会、思想、芸術に与えた影響の稀な証拠であること。 (vi) ベトナム仏教の重要な系統である竹林派の誕生や、モンゴル軍からの独立を守った歴史的出来事(チャン・フン・ダオ将軍の活躍)と密接に関連していること。
構成資産は具体的に何がありますか?
主に以下の4つの地域から成り立っています。
1. イェントゥー山 (Yên Tử):竹林派発祥の聖地。
2. ヴィンギエム寺 (Vĩnh Nghiêm):竹林派の重要な中心寺院で、貴重な木版が保存されています。
3. コンソン寺 (Côn Sơn):竹林派の禅宗の中心地の一つ。
4. キエップバック神社 (Kiếp Bạc):ベトナムの英雄チャン・フン・ダオ将軍ゆかりの軍事拠点。
各構成資産はどのくらいの距離がありますか?また、効率的な巡り方は?
各構成資産は広範囲に分散しています。例えば、イェントゥー山はクアンニン省、ヴィンギエム寺はバクニン省、コンソン寺とキエップバック神社はハイフォン市にあります。
ハノイを拠点とし、イェントゥー山へは日帰り(車で片道2.5〜3時間)、残りの3つ(ヴィンギエム寺、コンソン寺、キエップバック神社)はまとめて1日で巡る(車で片道1.5〜2時間程度)のが効率的です。チャーター車やツアーの利用が便利です。
イェントゥー山はどのようにして登れますか?
ロープウェイが2区間に分かれて整備されており、比較的容易に主要な寺院や山頂付近までアクセスできます。最終地点から山頂のドン寺までは徒歩での登りとなります。
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