中国・寧夏回族自治区の銀川(ぎんせん)郊外、賀蘭山(がらんさん)のふもとに、土を突き固めた巨大な陵塔が点在する場所があります。11〜13世紀に栄えた西夏(せいか)の皇帝たちが眠る西夏王陵です。2025年に世界遺産へ登録されたばかりの、中国でも新しい世界遺産の一つです。
西夏はモンゴルに滅ぼされて記録の多くが失われたため、「謎の王朝」とも呼ばれます。本記事では、9基の帝陵をはじめとする陵墓群の見どころ、銀川からの行き方といった旅行情報と、登録基準(ii)(iii)や検定での名称といった世界遺産検定のポイントを、ユネスコの公式資料にもとづいて整理します。




西夏王陵とは?世界遺産の基本データ
西夏王陵は、西夏王朝の皇帝と皇族のための墓域(ネクロポリス)です。UNESCOによると、9基の帝陵、271基の陪葬墓(皇族や功臣などの墓)、陵墓群の北端にある建築遺跡、32か所の洪水対策施設で構成されています。中国の報道では、陵墓群は賀蘭山の山並みに沿って約40平方キロメートルにわたって広がっているとされます。
| 名称 | 西夏王陵群(世界遺産検定の表記) (英語名:Xixia Imperial Tombs。中国語名は「西夏陵」) |
|---|---|
| 所在地 | 中華人民共和国 寧夏回族自治区 銀川市(賀蘭山の東麓) |
| 登録年 | 2025年(第47回世界遺産委員会・フランスのパリ) |
| 登録基準 | (2):ある期間を通じて、またはある文化圏において、建築や技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。 (3):現存する、あるいは消滅した文化的伝統や文明に関する独特な、あるいは稀な証拠を示すもの。 |
| 資産面積 | 3,899ha(緩衝地帯40,569.5ha) |
| 構成 | 帝陵9基・陪葬墓271基・北端建築遺跡・洪水対策施設32か所 |
中国の報道によると、この登録で中国の世界遺産は60件目となり、寧夏回族自治区・銀川市にとっては初めての世界遺産になりました。銀川市街と陵墓群のおおまかな位置関係は、次の模式図で確認できます。

西夏とはどんな国?タングート人が築いた王朝
西夏王陵の価値を理解するには、まず西夏という王朝を知っておく必要があります。押さえたいポイントは次の3つです。
1038年の建国と1227年の滅亡
西夏は、遊牧民のタングート(党項)が1038年に建てた王朝です。中国北西部を拠点に、宋や遼・金と並び立ちました。しかし1227年、チンギス・カン率いるモンゴル軍に滅ぼされます。UNESCOは、西夏の皇帝の系譜が200年近く続いたとしています。なお、西夏は自らを「大白高国」と称していました。
シルクロードが通る多民族国家
タングートが定住したのは、シルクロードが通る地域でした。UNESCOによると、西夏にはタングートのほか、漢人・吐蕃(チベット系)・ウイグル・契丹・女真といった多様な人々が暮らしていました。商人や隊商、僧侶、遊牧民との交流を通じて、西夏は中国の皇帝制度を手本としながら、仏教を重要な柱とする文明を築いたと、UNESCOは説明しています。
西夏文字が刻まれた石碑
西夏は、漢字をもとにしながら独自に作られた西夏文字を使っていました。UNESCOは、西夏王陵から出土した遺物の例として西夏文字の碑文の断片を挙げています。中国の報道によると、陵墓群から出土して収蔵されている文物は7,100点にのぼります。

陵墓群の構成と見どころ
西夏王陵は、土を突き固めて造った陵塔が荒野に並ぶ独特の景観から、「東方のピラミッド」と呼ばれることもあります。ここでは、陵墓群の構造と、訪れたら押さえたい見どころを紹介します。

9基の帝陵:賀蘭山と結びついた配置
陵墓群は、賀蘭山の山並みに沿って南西から北東へ延びています。西夏陵博物館の館長は、中国の報道で「どの帝陵も、空間の軸線が賀蘭山のいずれかの峰と関連づけられている」と説明しています。UNESCOも、陵墓群と賀蘭山との視覚的・精神的なつながりが保たれている点を、真正性の根拠に挙げています。
各帝陵は大きさこそ違うものの、配置はよく似ています。中心となる「陵城」を城壁が囲み、内部に献殿(祭祀の建物)や陵塔があります。陵城の南には「月城」が突き出し、参道(神道)と石像の列が設けられ、さらにその前に碑亭などが置かれていました。
3号陵:整備が進んだ見学の中心
3号陵は、西夏を建てた李元昊(景宗)の陵と考えられている帝陵です(ただし考古学的に確定しているわけではありません)。地上の遺構の調査で陵園の平面構造が明らかになり、仏教建築に使われた部材も大量に出土しました。現地では、失われた建物の屋根や石像を金網で立体的に再現し、当時の姿を想像しやすくする展示の工夫がされています。
7号陵:被葬者が確定した唯一の帝陵
西夏王陵の発掘調査が本格的に始まったのは1970年代です。7号陵の碑亭から出土した石碑の断片の碑文から、7号陵は西夏の第5代皇帝仁宗(仁孝)の陵と判明しました。中国の報道によると、9基の帝陵のうち、考古学の研究で被葬者が完全に確認されているのは、現在もこの7号陵だけです。
陪葬墓・北端建築遺跡・洪水対策施設
帝陵の周りには、271基の陪葬墓が広がっています。陵墓群の北端には大規模な建築遺跡が残り、山から流れ出る水から陵墓を守るための洪水対策施設(防洪工事の遺構)も32か所確認されています。2024年には、このうち3か所の防洪壁の調査で、造り方や種類が明らかになりました。帝陵だけでなく、こうした施設を含めた墓域全体が世界遺産になっている点がポイントです。
西夏陵博物館:出土品で西夏の文化を知る
景区(観光エリア)内には西夏陵博物館があります。陵墓群の模型で全体の配置をつかんでから陵を見て回ると、荒野に点在する遺構の意味がぐっと分かりやすくなります。西夏文字の碑文の断片や建築部材などの出土品は、西夏の文化と、ほかの地域との交流を伝える資料です。
なぜ世界遺産?登録基準(ii)(iii)と検定のポイント
西夏王陵は、登録基準(ii)と(iii)で登録されました。UNESCOの評価内容と、検定で狙われやすいポイントを整理します。
登録基準(ii):唐・宋の伝統とタングートの葬制の融合
UNESCOは、西夏王陵が唐・宋の伝統から、仏教を中心にしつつ祖先からの伝統も残したタングートの信仰と葬送の習慣まで、さまざまな文化的・宗教的影響を示していると評価しました。こうした特徴が、墓域の空間構成・設計・建築に表れているとしています。
登録基準(iii):消えた西夏文明の独自性の証拠
UNESCOは、西夏王陵が西夏王朝とタングートの人々の精神的・文化的な独自性を示していると評価しました。この文明は、11〜13世紀の中国北西部で、シルクロードを通じた文化・交易の交流の中で200年近く発展したものです。
名称と登録の経緯で押さえたいこと
検定の公式表記は「西夏王陵群」、英語名は「Xixia Imperial Tombs」です。中国語では「西夏陵」と呼ばれ、日本語の記事や旅行情報では「西夏王陵」「西夏陵」などの表記も見られます。選択肢で表記が違っても同じ遺産を指すことがあるので、英語名とセットで覚えておきましょう。
保護の歴史では、1988年に国の重点保護史跡(全国重点文物保護単位)になっています。登録の際、世界遺産委員会は、すべての陪葬墓への保全工事の拡大や、近くの空軍基地の運用による振動の影響を抑え続けること、気候変動の影響の研究、住民の意思決定への参加などを考慮するよう勧告しました。
あわせて覚えたい中国の世界遺産
皇帝の陵墓や、西夏と時代・地域が重なる世界遺産を表にまとめました。登録年と登録基準をセットで比べておくと、選択肢で迷いにくくなります。
| 関係する世界遺産 | 登録年・登録基準 | 西夏王陵との関係 |
|---|---|---|
| 明・清時代の皇帝陵墓 | 2000年(2003・2004年範囲拡大)・(i)(ii)(iii)(iv)(vi) | 中国の皇帝陵墓の代表例。陵墓の伝統という共通点で比べて覚える |
| 始皇帝陵と兵馬俑坑 | 1987年・(i)(iii)(iv)(vi) | 中国最初の皇帝の陵墓。同じ「皇帝の墓」でも登録基準が大きく異なる |
| 敦煌の莫高窟 | 1987年・(i)〜(vi)のすべて | シルクロードの仏教遺跡。西夏の時代にも窟が造られた |
| 元の上都遺跡 | 2012年・(ii)(iii)(iv)(vi) | 西夏を滅ぼしたモンゴルの帝国が、のちに元として築いた都 |
西夏王陵(2025年)は基準(ii)(iii)の2つだけで登録されている点が、ほかの陵墓系の世界遺産との違いです。「皇帝陵だから(i)や(iv)もあるはず」と思い込まないよう注意しましょう。
西夏王陵への行き方
西夏王陵の玄関口は、寧夏回族自治区の区都・銀川です。日本から銀川までと、銀川から陵墓群までに分けて紹介します。
日本から銀川へ(飛行機)
空の玄関口は、黄河の東側にある銀川河東国際空港です。日本からの直行便は少ないため、北京・上海・西安などで国内線に乗り継ぐのが基本になります。就航状況は時期によって変わるので、航空券を探すときは経由地を変えて比較してみましょう。
日本国籍の場合、2026年10月時点では30日以内の観光などはビザ(査証)免除の措置が取られています(2026年12月31日までの措置として延長が発表されています)。条件や期限は変更されることがあるため、在日本中国大使館や外務省 海外安全ホームページ(中国)で最新情報を確認してください。
西安から高速鉄道で銀川へ
陸路なら、2020年12月26日に開業した銀西高速鉄道(銀川〜西安)が便利です。開業時の報道では、それまで十数時間かかっていた銀川〜西安が約3時間に短縮されるとされました。兵馬俑のある西安と組み合わせた旅程も組めます。列車ごとに所要時間が異なるため、予約時に確認しましょう。
銀川市街から西夏王陵へ
西夏王陵は銀川の市街地の西、賀蘭山の東麓にあります。UNESCOが示す代表地点の座標から当サイトで概算すると、市の中心部から直線距離で約25〜30kmです。移動は、タクシーや配車アプリ、車のチャーター、現地ツアーが現実的です。路線バスや観光バスが運行されることもありますが、路線・時刻・料金は変わりやすいため、現地で最新情報を確認してください。
中国旅行全体の準備(交通・支払い・通信など)は、中国旅行の完全ガイドにまとめています。
見学の所要時間・チケット・ベストシーズン
西夏王陵は広大な屋外の遺跡なので、事前に見学のイメージを持っておくと安心です。
所要時間の目安とおすすめの回り方
- まず博物館:西夏陵博物館で、陵墓群の配置と西夏の歴史をつかむ
- 次に3号陵:陵塔や陵城の遺構、復元展示を間近で見学する
- 余裕があればほかの帝陵へ:陵と陵の間は離れているため、園内の移動手段を確認してから向かう
博物館と3号陵を中心に見るなら、銀川市街からの往復を含めて半日ほどを見込んでおくと安心です。複数の帝陵を回る場合は、1日がかりの計画にしましょう。
チケット・開館時間は現地で確認
入場料や開館時間、園内の移動手段の料金は、登録後に変更や期間限定の割引が行われることもあるため、訪問前に景区の公式情報や現地で確認してください。中国の観光地では実名でチケットを購入するのが一般的で、外国人はパスポートを使います。当日は必ずパスポートを持参しましょう。
ベストシーズンと服装
銀川は乾燥した内陸の気候で、夏は日差しが強く、冬は厳しい寒さになります。陵墓群は日陰の少ない荒野に広がっているため、歩きやすい春や秋が快適です。夏は帽子・サングラス・水分を、春は砂ぼこり対策を用意しておきましょう。10月1日からの国慶節などの大型連休は混雑しやすいので、できれば避けると安心です。
まとめ
西夏王陵は、2025年に登録基準(ii)(iii)で世界遺産となった、モンゴルに滅ぼされた西夏王朝の文明を伝える陵墓群です。最後に要点を振り返ります。
- 検定対策:2025年登録(第47回世界遺産委員会・パリ)・基準(ii)(iii)。検定表記は「西夏王陵群」、英語名はXixia Imperial Tombs。帝陵9基・陪葬墓271基・洪水対策施設32か所。西夏はタングートが1038年に建国し、1227年にモンゴルに滅ぼされた
- 旅行:銀川が拠点。市街から西へ直線で約25〜30km。博物館と3号陵を中心に半日が目安。チケット購入にはパスポートが必要
中国のほかの世界遺産や、検定で問われる世界遺産を横断的に調べたいときは、世界遺産の大辞典も活用してください。
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よくある質問

西夏王陵はいつ世界遺産に登録されましたか?登録基準は?
2025年7月11日(パリ現地時間)、フランスのパリで開かれた第47回世界遺産委員会で登録が決まりました。登録基準は(ii)と(iii)の2つです。中国の報道によると、中国の世界遺産として60件目の登録でした。
「西夏王陵」「西夏陵」「西夏王陵群」は同じものですか?
同じ世界遺産です。世界遺産検定の公式表記は「西夏王陵群」、UNESCOの英語名は「Xixia Imperial Tombs」、中国語名は「西夏陵」です。
西夏王陵にはいくつの陵墓がありますか?
UNESCOによると、帝陵が9基、陪葬墓が271基あり、このほか北端の建築遺跡と32か所の洪水対策施設も世界遺産に含まれています。帝陵のうち、考古学の研究で被葬者が完全に確認されているのは、西夏の第5代皇帝・仁宗(仁孝)の7号陵だけです。
銀川から西夏王陵へはどう行けばいいですか?
西夏王陵は銀川の市街地の西、直線距離で約25〜30kmの賀蘭山のふもとにあります。タクシーや配車アプリ、車のチャーター、現地ツアーを使うのが現実的です。バスの路線・時刻や入場料は変わりやすいため、訪問前に現地で確認してください。
アイキャッチ画像: xiquinhosilva / CC BY 2.0(元画像をトリミング・リサイズして掲載)
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