各国から推薦され、世界遺産委員会で評価されて世界遺産に登録されますが、武力紛争、自然災害、都市開発、観光開発などにより、その顕著な普遍的価値を損なうような重大な危機にさらされている世界遺産は、「危機遺産リスト」に登録されます。価値が損なわれたと判断された場合は、世界遺産登録が抹消されます。
世界遺産の抹消とは?

世界遺産登録の抹消は、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)が指定した世界遺産リストから特定の文化遺産または自然遺産が削除されることを指します。これは通常、登録された遺産がその価値を損なったり、維持管理が不適切である場合に行われます。抹消は、特定の遺産に対して行われることがありますが、一般的にはまれな措置です。
抹消が行われる主な理由には、以下のようなものがあります。
- 遺産の状態の悪化
登録された遺産が維持管理されず、その状態が急激に悪化した場合、ユネスコは抹消を検討することがあります。 - 自然災害
地震、洪水、火山噴火などの自然災害が遺産に大きな影響を与え、その価値が損なわれた場合に抹消の対象となることがあります。 - 人為的な脅威
戦争、紛争、開発プロジェクト、盗掘などが遺産に対して直接的な脅威をもたらし、それが継続的で解決が難しい場合に抹消が考えられます。
抹消手続きは慎重かつ詳細に行われ、関連する国や地域、国際的な専門家との協議が含まれます。抹消は、世界遺産の価値や保護の必要性を考慮する過程で行われ、世界遺産委員会が最終的な判断を下します。
抹消された世界遺産(3件)
2025年2月現在、実際に抹消された世界遺産は3件あります。
アラビアオリックスの保護区 オマーン(2007年抹消)

アラビアオリックスの保護地区として知られる主な場所は、アラビア半島に位置するオマーンとサウジアラビアです。アラビアオリックスは、草原や砂漠地帯に生息する中型の角のある動物で、かつては野生での生息が絶滅の危機に瀕していました。
オマーンは、アラビアオリックスの保護と繁殖に成功した国として知られています。ジッダット・アル・ハルシン自然保護区が1994年に世界遺産登録されています。
しかしながら、密猟が多く、オマーン政府が設定区域を削減したことが原因で、景観の保護が損なわれるとされ、危機遺産リストに登録されることなく、2007年に登録が抹消されています。

ドレスデン・エルベ渓谷 ドイツ(2009年抹消)
ドレスデン・エルベ渓谷は、ドイツ東部に位置する文化的景観の一部で、ドレスデン市を中心としたエルベ川流域の一部を指します。この地域は美しい自然景観と歴史的な建造物が調和した風光明媚なエリアで、2004年にユネスコによって世界遺産に登録されました。
しかしながら、住民投票で新しいコンクリート橋の建設が決定すると、景観の保護が損なわれるとされ、2009年に登録が抹消されています。
海商都市リバプール イギリス(2021年抹消)

リバプールは、イギリスのイングランドに位置する都市で、エンバー川の東側に位置しています。リバプールは歴史的な海商都市として知られ、その重要な港湾施設と取引の歴史が、19世紀のイギリスの工業革命時代において特に際立っています。
しかしながら、ウォーターフロント開発計画などの再開発により、景観の保護が損なわれるとされ、2021年に登録が抹消されています。
回避された事例
過去には世界遺産リストからの抹消の可能性が検討されたものの、回避された事例も存在する。
# | 名称 | 国 | 登録年 | 分類 | 危機遺産登録年 |
---|---|---|---|---|---|
1 | ガランバ国立公園 | コンゴ民主共和国 | 1980年 | 自然 | 1984年 – 1992年、 1996年 – |
2 | カカドゥ国立公園 | オーストラリア | 1981年 | 複合 | なし |
3 | ケルン大聖堂 | ドイツ | 1996年 | 文化 | 2004年 – 2006年 |
4 | ウィーン歴史地区 | オーストリア | 2001年 | 文化 | 2017年 – |
5 | 月の港ボルドー | フランス | 2007年 | 文化 | なし |
6 | セルース猟獣保護区 | タンザニア | 1982年 | 自然 | 2014年 – |
ガランバ国立公園
ガランバ国立公園はキタシロサイの貴重な生息地域であり、かつては1,000頭以上が生息していた。しかし、密猟のほか、近隣諸国の内戦や政情不安によって流入した兵士らによる殺戮により、2005年12月時点でのキタシロサイの生息数は10頭以下となっていた。
- 2005年7月(第29回世界遺産委員会)
翌年の委員会の時点でキタシロサイが確認されなかった場合の、登録抹消の可能性が指摘された。 - 2012年(第36回世界遺産委員会)
野生絶滅に至った可能性が認められたが、登録抹消ではなくキタシロサイの再導入などによる環境改善が勧告されるにとどまった。
カカドゥ国立公園
カカドゥ国立公園はすぐれた岩絵群が残るアボリジニの聖地であるとともに、固有の生物相を多く含む自然保護区である。しかし、一帯には豊富なウラン鉱脈が存在し、1979年の国立公園設定時点で開発予定区域が除外された。
除外された地区の一つであるジャビルカ地区でのウラン採掘事業が、自然と文化的伝統の双方にとって脅威になるとして反対運動が起こった。この計画が世界的な注目を集め、危機遺産登録を要請する声が高まった。
- 2000年(第24回世界遺産委員会)
危機遺産登録は回避された。当時のUNESCO事務局長だった松浦晃一郎は、この審議を後に振り返り、登録抹消の可能性も視野に入っていたが、それを是が非でも回避しようとするオーストラリア当局が開発延期を決めた。
ケルン大聖堂
ケルン大聖堂は、1248年から1880年まで中断を挟んで600年以上を費やして建設された大聖堂で、「ゴシック建築の最高峰」と評される。その尖塔の高さ157 mは、完成当時には世界最高を誇った。
問題となったのは周辺の開発で、ケルンの傑出したランドマークであった大聖堂の象徴性を弱める高層建築群が計画されていた。そのため、2004年には危機遺産リストに登録され、景観問題を理由とする初の事例となった。
- 2005年(第29回世界遺産委員会)
登録当時の大臣書簡(周辺環境に留意する旨の文言があった)との齟齬が問題視され、「作業指針」に抵触する可能性が指摘されたことで、次回での登録抹消の可能性が明記された。 - ケルン市当局は当初、都市の発展を理由として規制に消極的だったが、登録抹消による観光収入悪化への懸念などもあり、最終的には建造物群の高さ規制に踏み切った。
- 2006年(第30回世界遺産委員会)
危機遺産登録が解除された。
ウィーン歴史地区
ウィーン歴史地区は、古代ローマ時代以来の歴史を持つウィーンにおいて、中世から近代までの時代ごとに異なる多様な建造物群が保存された地区である。同時に、「音楽の都」として、ヨーロッパ音楽史の発展と密接に結びついてきた都市でもある。
しかし、2001年の世界遺産リスト登録直後に、緩衝地域での高層ビル建築計画が明らかになり、世界遺産委員会ではそのまま実行された場合、世界遺産リストから抹消すべきという提案まで出されることとなった。このケースでは計画が修正されたため、抹消はもちろん、危機遺産リストに記載されることも回避された。
- 2005年(第29回世界遺産委員会)
世界遺産条約締約国会議で「世界遺産と現代建築に関するウィーン覚書」が発せられ、都市の景観保護の重要性なども謳われた。 - 2017年(第41回世界遺産委員会)
しかし、再び高層建築を含む再開発計画が持ち上がり、2017年に危機遺産リスト入りし、登録抹消の可能性も出てきている。
月の港ボルドー
ボルドーはガロンヌ河岸の三日月状の屈曲部に発達したことから、「月の港」の異名を持つ。貿易港として繁栄した18世紀に築かれた古典主義建築・新古典主義建築群が残る。
- 2008年(第32回世界遺産委員会)
登録年の翌年に次回の登録抹消を視野に入れた決議がなされた。 - 2009年(第33回世界遺産委員会)
ICOMOSが代替橋の影響を限定的としたのに対し、世界遺産センターが逆の評価を下し、両論併記される形で委員会審議に掛けられた。フランス当局に更なる改善が要請されるにとどまり、それ以上の対応はなされなかった。
セルース猟獣保護区
セルース猟獣保護区には、現在でもなお人が踏み込まない原生林があり、道路や観光施設の建設を認めてこなかった保護政策が評価され世界遺産に登録されたが、密猟が深刻になり2014年に危機遺産リスト入りした。
さらに保護区を流れるルフィジ川に建設中の水力発電ダムが2022年に完成することで渇水が確実となり、緩衝地帯に工業団地の誘致計画も進行しているため、野生生物に甚大な被害をもたらすことが明白となった。
- 2021年(第44回世界遺産委員会)
登録抹消審査が行われる旨の勧告が出されていたこともあり、タンザニアは環境・開発分野の官僚や研究者などを呼び寄せて協議しながら委員会に対応し、ダムは一定量の放水をするなどの妥協案を示し、運用開始後の環境への影響を再調査することで抹消処分は見送られた。
危機遺産一覧
ユネスコの危機遺産リストは、登録された世界遺産の中で、保存状態が悪化している、自然または人為的な脅威にさらされている、または他の深刻な理由により保全が危ぶまれていると見なされた遺産を示すリストです。危機遺産リストに登録されることは、その遺産の保存に向けて国際的な支援が必要であることを意味します。
2025年2月現在、40件の文化遺産、16件の自然遺産(下表の青字)が危機遺産リストに登録されています。
最新情報は、ユネスコの世界遺産センターのHPを確認ください。
# | 名称 | 登録年 | 危機遺産登録年 | 国 | 危機理由 |
---|---|---|---|---|---|
1 | エルサレムの旧市街とその城壁群 | 1981 | 1982 | エルサレム | 周辺情勢が不安定 のため |
2 | チャン・チャン遺跡地帯 | 1986 | 1986 | ペルー | 潮風などによる建材の劣化 |
3 | ニンバ山厳正自然保護区 | 1981 | 1992 | ギニア/ コートジボワール | 資源開発、難民の流入による環境の悪化 |
4 | アイル・テネレ自然保護区 | 1991 | 1992 | ニジェール | トゥアレグ人の独立問題に関連する治安の悪化 |
5 | ヴィルンガ国立公園 | 1979 | 1994 | コンゴ民主共和国 | 難民の大量流入などによる環境悪化、違法な木炭 売買 |
6 | ガランバ国立公園 | 1980 | 1996 | コンゴ民主共和国 | 密猟によるキタシロサイの激減 |
7 | オカピ野生生物保護区 | 1996 | 1997 | コンゴ民主共和国 | 密猟 |
8 | カフジ=ビエガ国立公園 | 1980 | 1997 | コンゴ民主共和国 | 伝染病などによるゴリラの減少 |
9 | マノヴォ=グンダ・サン・フローリス国立公園 | 1988 | 1997 | 中央アフリカ | 密猟、治安悪化 |
10 | 古都ザビード | 1993 | 2000 | イエメン | 都市化による伝統的都市景観の変化 |
11 | アブ・メナ | 1979 | 2001 | エジプト | 地下水位上昇による崩壊の危機 |
12 | ジャームのミナレットと考古遺跡群 | 2002 | 2002 | アフガニスタン | 治安の悪化、浸水被害 |
13 | バーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群 | 2003 | 2003 | アフガニスタン | タリバンによる石像爆破 |
14 | アッシュル (カルアト・シェルカート) | 2003 | 2003 | イラク | ダム建設計画による水没の危機 |
15 | コロとその港 | 1993 | 2005 | ベネズエラ | 豪雨による被害、周辺の開発 |
16 | コソボの中世建造物群 | 2004 | 2006 | セルビア | 治安の悪化 |
17 | 都市遺跡サーマッラー | 2007 | 2007 | イラク | 周辺情勢の不安定さ |
18 | ニョコロ=コバ国立公園 | 1981 | 2007 | セネガル | ガンビア川上流のダム建設計画による環境悪化の懸念 |
19 | エバーグレーズ国立公園 | 1979 | 2010 | アメリカ | 水生生物の生態系の悪化 |
20 | アツィナナナの雨林 | 2007 | 2010 | マダガスカル | 違法な伐採や密猟 |
21 | スマトラの熱帯雨林遺産 | 2004 | 2010 | インドネシア | 違法な伐採や密猟 |
22 | リオ・プラタノ生物圏保護区 | 1982 | 2011 | ホンジュラス | 違法な伐採や密猟 |
23 | パナマのカリブ海側の要塞群- | 1980 | 2012 | パナマ | 保存計画の不備 |
24 | アスキアの墓 | 2004 | 2012 | マリ共和国 | マリ北部紛争 |
25 | トンブクトゥ | 1988 | 2012 | マリ共和国 | マリ北部紛争 |
26 | 東レンネル | 1998 | 2013 | ソロモン諸島 | 森林伐採 |
27 | 古代都市ダマスカス | 1979 | 2013 | シリア | シリア内戦 |
28 | パルミラ遺跡 | 1980 | 2013 | シリア | シリア内戦 |
29 | 古代都市アレッポ | 1986 | 2013 | シリア | シリア内戦 |
30 | クラック・デ・シュヴァリエとカラット・サラーフ・アッディーン | 2006 | 2013 | シリア | シリア内戦 |
31 | シリア北部の古代村落群 | 2011 | 2014 | シリア | シリア内戦 |
32 | セルース猟獣保護区 | 1982 | 2014 | タンザニア | 密猟の横行 |
33 | ポトシ市街 | 1987 | 2014 | ボリビア | セロ・リコ鉱山の管理不徹底 |
34 | パレスチナ:オリーブとワインの地-エルサレム南部バティールの文化的景観 | 2014 | 2014 | パレスチナ | 地域情勢による完全性と真正性への脅威 |
35 | サナア旧市街 | 1986 | 2015 | イエメン | 地域情勢による完全性と真正性への脅威 |
36 | シバームの旧城壁都市 | 1982 | 2015 | イエメン | 地域情勢による潜在的 な脅威 |
37 | ハトラ | 1985 | 2015 | イラク | ISILによる破壊活動 |
38 | ジェンネ旧市街 | 1988 | 2016 | マリ共和国 | 情勢の不安定 |
39 | シャフリサブス歴史地区 | 2000 | 2016 | ウズベキスタン | 観光開発への懸念 |
40 | レプティス・マグナの考古遺跡 | 1982 | 2016 | リビア | 政情不安 |
41 | サブラタの考古遺跡 | 1982 | 2016 | リビア | 政情不安 |
42 | キュレネの考古遺跡 | 1982 | 2016 | リビア | 政情不安 |
43 | タドラルト・アカクスの岩絵遺跡群 | 1985 | 2016 | リビア | 政情不安 |
44 | ガダミスの旧市街 | 1986 | 2016 | リビア | 政情不安 |
45 | ナンマトル:東ミクロネシアの祭祀センター | 2016 | 2016 | ミクロネシア | マングローブの繁茂など、保全状況への懸念 |
46 | ウィーン歴史地区 | 2001 | 2017 | オーストリア | 2017年 都市開発によって 景観が損なわれる恐れ |
47 | ヘブロン(アル=ハリール)旧市街 | 2017 | 2017 | パレスチナ | 周辺情勢 |
48 | トゥルカナ湖国立公園群 | 1997 | 2018 | ケニア | ダム建設による環境の悪化 |
49 | カリフォルニア湾の島々と自然保護区群 | 2005 | 2019 | メキシコ | コガシラネズミイルカ絶滅の恐れ |
50 | ロシア・モンタナの鉱山景観 | 2021 | 2021 | ルーマニア | 採掘をめぐって投資紛争解決国際センターで係争中 |
51 | マアリブの古代サバア王国記念建造物群 | 2023 | 2023 | イエメン | イエメン内戦_による環境悪化 |
52 | トリポリのラシッド・カラミ国際 見本市 | 2023 | 2023 | レバノン | 保全環境の悪化と周辺開発の可能性による潜在的危機 |
53 | オデーサ歴史地区 | 2023 | 2023 | ウクライナ | ロシアによる軍事侵攻 |
54 | キエフの聖ソフィア大聖堂と関連する修道院群及びキエフ・ペチェールシク大修道院 | 1990 | 2023 | ウクライナ | ロシアによる軍事侵攻 |
55 | リヴィウ歴史地区群 | 1998 | 2023 | ウクライナ | ロシアによる軍事侵攻 |
56 | 聖ヒラリオン修道院 /テル・ウンム・アメル | 2024 | 2024 | パレスチナ | 2023年パレスチナ・イスラエル戦争 |
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まとめ
・抹消された世界遺産は3件
・危機遺産リストには、文化遺産40件、自然遺産16件が登録されている。
世界遺産に興味を持たれた方は、世界遺産検定に挑戦してみてはいかがでしょうか。
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