中国の黄海と渤海湾の沿岸に点在する「中国の黄海・渤海湾沿岸の渡り鳥保護区」は、北極圏から東南アジア・オーストラリアまでを行き来する渡り鳥の「中継地」を守る自然遺産です。2019年に江蘇省塩城(えんじょう)の干潟2か所で登録が始まり、2024年に上海・山東・河北・遼寧の10か所、2026年に遼寧省の長山群島の7か所が加わって、構成資産は19件になりました。
このように登録が3段階で広がったため、「いつ・何件・どこが加わったのか」が混乱しやすい世界遺産でもあります。本記事では、ユネスコの公式資料と世界遺産委員会の決議をもとに、登録の経緯・19の構成資産・登録基準(x)といった検定のポイントと、上海や塩城からの行き方・観察に向く季節などの旅行情報をまとめます。




黄海・渤海湾沿岸の渡り鳥保護区とは?世界遺産の基本データ
この世界遺産は、黄海と渤海湾の沿岸に広がる世界最大の潮間帯湿地(干潟)のうち、渡り鳥にとって特に重要な場所を集めたシリアル・ノミネーション(連続性のある資産)です。UNESCOは、ここを東アジア・オーストラレーシア・フライウェイ(渡り鳥の飛行ルート)を移動する鳥にとって「代わりのきかない拠点」と評価しています。
| 名称 | 中国の黄海・渤海湾沿岸の渡り鳥保護区(第2段階)(世界遺産検定の表記) (英語名:Migratory Bird Sanctuaries along the Coast of Yellow Sea-Bohai Gulf of China。「中国の黄海=渤海湾沿岸の渡り鳥保護区群」と訳されることもあります) |
|---|---|
| 所在地 | 中華人民共和国 江蘇省・上海市・山東省・河北省・遼寧省 |
| 種別 | 自然遺産 |
| 登録年 | 2019年(第1段階として登録) 2024年に重大な範囲変更(第2段階)、2026年に軽微な範囲変更 |
| 登録基準 | (10):生物多様性の生息域内保全にとって最も重要な自然の生息地を含む。これには、科学上または保全上の観点から顕著な普遍的価値を持つ、絶滅のおそれのある種の生息地も含まれる。 |
| 資産面積 | 292,514.35ha(緩衝地帯119,661.31ha) |
| 構成資産 | 19件(2026年時点。一覧は後述) |
構成資産は、南は上海の崇明島から、北は遼寧省の鴨緑江河口付近まで、黄海と渤海湾の海岸線に沿って点在しています。おおまかな位置関係は、次の模式図で確認できます。

2019年・2024年・2026年の3段階で広がった登録の経緯
この遺産のいちばんの特徴は、登録が段階的に広がってきたことです。まずは3回の審議を表で整理しておきましょう。
| 年 | 世界遺産委員会 | 内容 | 構成資産の数 |
|---|---|---|---|
| 2019年 | 第43回(アゼルバイジャン・バクー) | 「第1段階(Phase I)」として新規登録。江蘇省塩城の2件 | 2件 |
| 2024年 | 第46回(インド・ニューデリー) | 重大な範囲変更として「第2段階(Phase II)」の10件を追加。名称から「第1段階」が外れる | 12件 |
| 2026年 | 第48回(韓国・釜山) | 軽微な範囲変更として遼寧省・長山群島の7件を追加 | 19件 |
2019年:江蘇省塩城の干潟で「第1段階」として登録
最初に登録されたのは、江蘇省塩城市の沿岸にある「塩城南部の渡り鳥生息地」(大豊の自然保護区・条子泥(じょうしでい)の干潟などを含む)と「塩城北部の渡り鳥生息地」の2件です。2019年の決議によると、2件の面積は合計188,643ha(緩衝地帯を除く)で、約30km離れた2つのエリアからなっていました。中国の報道によると、この登録で中国の世界遺産は54件、自然遺産は14件になり、中国で初めての「沿岸湿地」タイプの自然遺産となりました。
このとき世界遺産委員会は、第1段階の推薦書で示されていた14の追加候補地を含めた「第2段階」の推薦書を、まとめて提出するよう求めています。登録の時点で、拡大が前提になっていた遺産なのです。
2024年:第2段階で10件を追加(重大な範囲変更)
2024年の第46回世界遺産委員会では、上海市の崇明東灘、山東省東営市の黄河河口、河北省滄州市の南大港、遼寧省大連市の蛇島・老鉄山、遼寧省丹東市の鴨緑江河口の5つのエリア・10件の追加が、重大な範囲変更(決議46 COM 8B.3)として承認されました。同時に名称から「(Phase I)」が外れ、構成資産は12件、面積は289,710.94haになっています。UNESCOは、この拡大で渡り鳥の生息地が10万ha以上増え、遺産の完全性が高まったと評価しています。
2026年:長山群島の7件を追加(軽微な範囲変更)
さらに2026年7月、韓国・釜山で開かれた第48回世界遺産委員会で、黄海北部に浮かぶ遼寧省大連市の長山群島の7件を加える軽微な範囲変更(決議48 COM 8B.37)が承認されました。追加されたのは、広鹿島の礬坨子(はんだし)、格仙島の頭坨子(A・B・C)、大耗子島、蚆蛸島南部の岩礁帯(A・B)です。中国の報道では、この島々で140種あまりの鳥類が記録されているとされています。
ここで注意したいのが件数の数え方です。UNESCOは島ごと・区画ごとに数えて19件としていますが、中国側の報道では「2019年に2か所、2024年に5か所、2026年に4か所」のように、エリア単位で数えることがあります。また、UNESCOの中国語の説明文には、2024年時点の「12」のまま残っている箇所もあります。試験や資料で数字を見たときは、どの時点の、何を単位にした数かを確認するようにしましょう。
19の構成資産を一覧で整理
19の構成資産を、エリアごとにまとめました。名称はUNESCOの英語名をもとにした当サイトの仮訳です。
| エリア | 構成資産 | 登録年 |
|---|---|---|
| 江蘇省塩城市(2件) | 塩城南部の渡り鳥生息地、塩城北部の渡り鳥生息地 | 2019年 |
| 上海市 崇明島(1件) | 崇明東灘の渡り鳥生息地 | 2024年 |
| 山東省東営市 黄河河口(4件) | 黄河旧河道の河口、黄河河口北部、黄河河口南部、大汶流 | 2024年 |
| 河北省滄州市(1件) | 南大港湿地の渡り鳥生息地 | 2024年 |
| 遼寧省大連市 蛇島・老鉄山(2件) | 九頭山、蛇島 | 2024年 |
| 遼寧省丹東市 鴨緑江河口(2件) | 大洋河、二道溝 | 2024年 |
| 遼寧省大連市 長山群島(7件) | 広鹿島の礬坨子、格仙島の頭坨子A・B・C、大耗子島、蚆蛸島南部の岩礁帯A・B | 2026年 |
面積で見ると、塩城の2件だけで遺産全体の6割以上を占めています。干潟・塩性湿地・ヨシ原・河口・岩礁の島など、構成資産によって環境が大きく違うのも、この遺産の特徴です。
なぜ世界遺産?登録基準(x)と検定のポイント
この遺産は、登録基準(x)のみで登録されています。UNESCOの評価内容を、検定で問われやすいポイントに絞って整理します。
東アジア・オーストラレーシア・フライウェイの「ボトルネック」
東アジア・オーストラレーシア・フライウェイは、北極圏から東南アジア・オーストラリアまで、2つの半球にまたがる渡り鳥のルートです。UNESCOによると、黄海と渤海湾は何百万羽もの水鳥が通る「ボトルネック(瓶の首)」で、フライウェイ全体の渡りの10%以上がここを通過します。鳥たちは北へ・南へ向かう途中にこの干潟で栄養をとり、次の長距離飛行に必要な脂肪を蓄えます。遺産全体では400種以上の鳥類が確認されています。
ヘラシギとカラフトアオアシシギ:世界で最も希少な渡り鳥
UNESCOが特に名前を挙げるのが、ヘラシギとカラフトアオアシシギです。塩城の2件だけで、フライウェイの個体群の10%以上にとって重要とされ、この「世界で最も希少な渡り鳥」の2種は、干潟がなければ生き残れないと説明されています。このほか、クロツラヘラサギ・コウノトリ・タンチョウ・オバシギ、カラシラサギ・ゴビズキンカモメ・ズグロカモメなどの絶滅のおそれのある鳥も利用しており、構成資産全体で少なくとも45種の絶滅危惧の鳥の越冬地・繁殖地になっています。
埋め立てからの転換と、残された課題
人口が多い中国の沿岸部では、長い年月をかけて干潟の多くが埋め立てや開発で姿を変えてきました。UNESCOは、中国が国務院の通知や湿地保護法で沿岸の埋め立てを禁じ、干潟の再生を進めている点を評価する一方、汚染・石油開発・船の往来・風力発電・河川から運ばれる土砂の変化など、遺産の外から来る脅威への対策も求めています。2026年の決議でも、重要な場所のさらなる追加と、すべての構成資産をまとめて管理する仕組みづくりが改めて要請されました。
あわせて覚えたい「干潟・渡り鳥」の世界遺産
同じ黄海の干潟や、渡り鳥・生物多様性で評価された世界遺産を表にまとめました。登録基準の組み合わせで比べると、選択肢で迷いにくくなります。
| 関係する世界遺産 | 登録年・登録基準 | この遺産との関係 |
|---|---|---|
| ゲボル:韓国の干潟 | 2021年(2026年範囲拡大)・(x) | 黄海の対岸・韓国側の干潟。同じく基準(x)のみで、段階的に拡大している |
| ワッデン海 | 2009年・(viii)(ix)(x) | オランダ・ドイツ・デンマークにまたがる世界最大級の干潟。黄海の干潟と比べられることが多い |
| ダウリアの景観群 | 2017年・(ix)(x) | モンゴルとロシアにまたがる草原と湖。東アジアの渡り鳥の重要な中継地 |
| 四川省のジャイアントパンダ保護区群 | 2006年・(x) | 中国で同じく基準(x)のみの自然遺産。「保護区」という名称も共通 |
2019年の決議でUNESCOは、黄海の干潟が中国・朝鮮民主主義人民共和国・韓国の3か国にまたがることにふれ、国をこえた推薦や拡大にも期待を示しています。中国側と韓国側の干潟がどちらも基準(x)で登録されている点は、セットで覚えておきましょう。
見学できる主な構成資産と見どころ
この遺産は鳥の生息地を守るための保護区なので、どこでも自由に歩けるわけではありません。UNESCOも、観光はビジターセンターなど限られた場所に集めるべきだとしています。ここでは、旅行者が比較的訪ねやすいエリアを紹介します。
塩城(江蘇省):タンチョウの越冬地とシフゾウの保護区
2019年に最初に登録された塩城は、この遺産の中心です。大豊には、中国でいったん姿を消したシカの仲間シフゾウ(麋鹿)を野生に戻すための保護区があり、UNESCOの2019年の評価でも、柵で囲まれた繁殖地が紹介されています。中国の報道によると、1986年に39頭で始まった群れは、2019年には4,556頭まで増えました。冬には塩城の保護区にタンチョウが渡ってくることでも知られ、条子泥の干潟はヘラシギなどのシギ・チドリ類の観察地として注目されています。
崇明東灘(上海市):上海から行ける渡り鳥の湿地
長江の河口に浮かぶ崇明島の東端にある崇明東灘は、上海市内から日帰りで目指せる構成資産です。2024年の中国の報道によると、鳥類の自然保護区は鳥への影響を考えて公開範囲がかなり限られており、見学は予約制とされています。隣接する湿地公園など、一般の人が入れる場所から湿地の景観を眺めるのが現実的です。開放日・予約方法・料金は変わることがあるため、事前に現地の公式案内で確認してください。

黄河河口(山東省東営市):大河の土砂がつくる湿地
山東省東営市の黄河河口には、4件の構成資産が集まっています。UNESCOは、黄河・長江・鴨緑江・遼河などの大河が運ぶ土砂が黄海と渤海湾に積もり、干潟や湿地をつくり続けていることが、この遺産の土台になっていると説明しています。黄土を含んだ茶色い水が海へ広がる河口の景色は、まさにその仕組みを目で見られる場所です。

遼寧省・河北省の構成資産
遼寧省には、大連市の蛇島・九頭山、丹東市の鴨緑江河口(大洋河・二道溝)、そして2026年に加わった長山群島の島々があります。河北省滄州市の南大港は、渤海湾の奥にある湿地です。いずれも保護を優先する場所で、島や岩礁の構成資産は観光で気軽に訪ねられる場所ではありません。立ち寄りたい場合は、一般公開されているエリアや観察施設があるかを事前に確認しましょう。
行き方とベストシーズン
構成資産は5つの省・市に散らばっているため、1回の旅行ですべてを回るのは現実的ではありません。日本から訪ねやすい、上海を起点にした回り方を中心に紹介します。
日本から上海・塩城へ
拠点になるのは日本からの便が多い上海です。崇明東灘へは、上海市内から長江の河口を渡るトンネル・橋(上海長江隧橋)を通って車で向かうか、崇明島行きのバスとタクシーを乗り継ぎます。塩城へは、2020年12月30日に開業した塩通高速鉄道(塩城〜南通)を経由する列車が上海から出ており、所要時間は列車によって異なりますが、速い列車で2時間前後です。塩城には空港(塩城南洋国際空港)もあります。列車の時刻・所要時間は、予約時に中国国鉄の公式サイト(12306)などで確認してください。
日本国籍の場合、2026年10月時点では30日以内の観光などはビザ(査証)免除の措置が取られています(2026年12月31日までの措置として延長が発表されています)。条件や期限は変更されることがあるため、在日本中国大使館や外務省 海外安全ホームページ(中国)で最新情報を確認してください。中国旅行全体の準備は、中国旅行の完全ガイドにまとめています。
観察に向く季節と観光日数の目安
シギ・チドリ類などの渡り鳥を見るなら、北へ向かう春と、南へ向かう夏の終わり〜秋の渡りの時期が狙い目です。塩城の保護区の案内によると、タンチョウは毎年10月下旬〜翌年3月ごろに越冬のため滞在します。鳥の飛来は年によって変わるため、出発前に現地の最新情報を確認しましょう。
- 崇明東灘:上海から日帰り(移動を含めて1日)
- 塩城:上海から1泊2日以上(大豊のシフゾウの保護区と、タンチョウの保護区を分けて回るなら2日あると安心)
- 持ち物:双眼鏡、風を通しにくい上着(干潟は海風が強く、冬は特に冷えます)
保護区の入場料・開放時間・観察施設の有無は施設ごとに異なり、変更されることもあるため、訪問前に現地の案内で確認してください。
まとめ
中国の黄海・渤海湾沿岸の渡り鳥保護区は、世界最大の潮間帯湿地を舞台に、北極圏とオーストラリアを結ぶ渡り鳥の旅を支える自然遺産です。最後に要点を振り返ります。
- 検定対策:2019年登録(第1段階・塩城の2件)、基準(x)のみ。2024年に重大な範囲変更で10件追加(第2段階・計12件)、2026年に軽微な範囲変更で長山群島の7件追加(計19件)。検定表記は「中国の黄海・渤海湾沿岸の渡り鳥保護区(第2段階)」。ヘラシギ・カラフトアオアシシギと「フライウェイの10%以上」がキーワード
- 旅行:上海を拠点に、崇明東灘は日帰り、塩城は高速鉄道で1泊2日以上。保護区は公開範囲が限られるため、見学できる場所と予約の要否を事前に確認する
中国のほかの世界遺産や、検定で問われる世界遺産を横断的に調べたいときは、世界遺産の大辞典も活用してください。
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よくある質問

黄海・渤海湾沿岸の渡り鳥保護区はいつ世界遺産に登録されましたか?登録基準は?
2019年、アゼルバイジャンのバクーで開かれた第43回世界遺産委員会で、「第1段階」として登録されました。その後、2024年(第46回・ニューデリー)と2026年(第48回・釜山)に構成資産が追加されています。登録基準は(x)の1つだけです。
構成資産はいくつありますか?「12件」という情報もありますが?
2026年時点のUNESCOの資料では19件です。2019年の登録時は2件、2024年に10件が加わって12件、2026年に長山群島の7件が加わって19件になりました。「12件」は2024年時点の数です。また中国側の報道では、島ごとではなくエリアごとに数えることがあるため、数字が異なる場合があります。
名称の「第2段階」とは何ですか?
この遺産は、段階的に推薦する方式で登録されました。2019年の塩城の2件が「第1段階(Phase I)」、2024年に重大な範囲変更として加わった10件が「第2段階(Phase II)」です。世界遺産検定の公式一覧では「中国の黄海・渤海湾沿岸の渡り鳥保護区(第2段階)」と表記されています。
観光で渡り鳥を見ることはできますか?
構成資産は保護区のため立ち入りが制限されている場所が多いものの、上海の崇明東灘や江蘇省の塩城などには、見学できるエリアや観察施設があります。渡り鳥は春と夏の終わり〜秋の渡りの時期、塩城のタンチョウは10月下旬〜翌年3月ごろが見ごろとされています。公開範囲や予約の要否は、事前に現地の案内で確認してください。
アイキャッチ画像: zhangshen / CC BY 4.0(元画像をトリミング・リサイズして掲載)
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このテーマ以外の重要用語もまとめて確認したい方は、世界遺産の大辞典をご覧ください。

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