タングートが建てた西夏王朝の皇帝陵墓群「西夏王陵」の基礎データを整理した大辞典エントリーです。モンゴルに滅ぼされ記録の多くが失われた「謎の王朝」を伝える遺産という点が識別のポイントです。
目次
基礎データ
| UNESCO登録名 | 西夏王陵(英語名: Xixia Imperial Tombs) |
|---|---|
| 所在地 | 中華人民共和国・寧夏回族自治区銀川市(賀蘭山東麓) |
| 登録年 | 2025年(第47回世界遺産委員会・パリ) |
| 登録基準 | (ii)(iii) |
| 種別 | 文化遺産 |
| 構成 | 帝陵9基・陪葬墓271基・建築遺跡1か所・洪水対策施設32か所 |
| 検定表記 | 西夏王陵群 |
モンゴルに滅ぼされた「謎の王朝」タングートの陵墓群
西夏は、タングートが1038年に建国し、1227年にモンゴルに滅ぼされた王朝です。西夏王陵は、賀蘭山の山並みに沿って約40平方キロメートルに広がる皇帝・皇族の墓域(ネクロポリス)で、9基の帝陵・271基の陪葬墓(皇族や功臣などの墓)・建築遺跡・32か所の洪水対策施設で構成されています。唐・宋の伝統とタングート独自の葬制が融合した点、独自の文明が評価され、2025年に基準(ii)(iii)で登録されました。
顕著な普遍的価値(OUV)・登録基準
西夏王陵は次の2つの基準で評価されています。
- 基準(ii):唐・宋の陵墓の伝統と、タングート独自の葬制・信仰が融合したことを示すこと。
- 基準(iii):モンゴルに滅ぼされ多くの記録が失われた、西夏文明の独自性を伝える類まれな証拠であること。
関連リンク
よくある質問

「西夏」とはどのような王朝ですか?
タングート(党項族)が1038年に建国し、現在の寧夏回族自治区を中心に支配した王朝です。1227年にモンゴル帝国に滅ぼされ、記録の多くが失われたため「謎の王朝」とも呼ばれます。


