はじめに
中国には多くの魅力的な世界遺産がありますが、今回注目するのは「承徳の避暑山荘と外八廟」(上の地図⑪)です。本記事では、承徳の避暑山荘と外八廟の概要と世界遺産としての価値について詳しくご紹介していきます。

承徳の避暑山荘と外八廟の概要と世界遺産としての価値
中国河北省承徳市に位置する承徳の避暑山荘(へいしょさんそう)と外八廟(がいはちびょう)は、清朝の皇帝たちが夏の間を過ごした広大な離宮と、その周辺に建立された壮麗な仏教寺院群からなる、中国を代表する世界遺産です。
世界遺産としての基本情報
名称 | 承徳の避暑山荘と外八廟 |
---|---|
登録年 | 1994年 |
登録基準 | (2):ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。 (4):人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。 |
清朝皇帝が愛した夏の離宮「避暑山荘」
避暑山荘は、18世紀に清朝の康熙帝(こうきてい)と乾隆帝(けんりゅうてい)によって造営されました。紫禁城(北京の故宮)の北、約250kmに位置し、夏の酷暑を避けて政務や軍事訓練、狩猟などを行うための広大な行宮でした。
敷地面積は564万平方メートルにも及び、紫禁城の約8倍という広大な規模を誇ります。敷地内には宮殿、湖、平原、山岳といった多様な景観が巧みに配置されており、中国全土の有名な景観を模して造られた景勝地が点在しています。皇帝はここで政務を行い、朝貢使節や少数民族の首長たちと会見し、清朝の広大な領土を統治するための拠点としても機能しました。
皇帝と少数民族の融和の象徴「外八廟」
避暑山荘の周囲には、清朝の歴代皇帝によって建てられた12の仏教寺院群があります。これらは、避暑山荘の門のすぐ外に位置することから「外八廟」と呼ばれました。実際には12の寺院がありますが、歴史的に重要な8つの寺院が主要なものとされています。
これらの寺院は、主にチベット仏教様式を取り入れており、清朝がモンゴルやチベットといった少数民族を懐柔し、多民族国家としての統一を維持するための融和政策の象徴として建立されました。各寺院は、チベットのポタラ宮やタシ・ルンポ寺などを模して造られており、漢民族の建築様式と融合した独特の景観を見せています。
避暑山荘の見どころ:壮大な庭園と建築

避暑山荘はその広大な敷地を、宮殿区、湖区、平原区、山岳区の4つの主要なエリアに分けており、それぞれ異なる魅力を持っています。
宮殿区:皇帝の執務と生活の場
避暑山荘の南端に位置する宮殿区は、皇帝が政務を執り、日常を過ごした場所です。紫禁城の造りを模しており、正宮、松鶴斎、万壑松風などの建物があります。特に正宮は、皇帝が朝見を行い、重要な決定を下した場所であり、当時の皇帝の権威と生活様式を垣間見ることができます。精巧な装飾や豪華な内装は、清朝の宮廷文化を今に伝えています。
湖区:南方の江南庭園を模した美景
宮殿区の北側に広がる湖区は、避暑山荘の中心的な景観の一つです。江南地方(長江以南)の有名な庭園を模して造られ、小さな島々が点在し、それらが橋や回廊で結ばれています。波光瀲灧(はこうれんれん)、月色江声などの景勝地があり、柳の木々が水面に映り込む様子は、まさに中国の水墨画の世界です。舟遊びも楽しむことができ、湖畔からは山岳区の壮大な峰々を望めます。
平原区:広大な草原と鹿苑
湖区の東と北に位置する平原区は、広々とした草原が広がるエリアです。かつては皇帝が乗馬や狩猟を楽しんだ場所であり、現在は「万樹園(ばんじゅえん)」と呼ばれる草原や、「鹿苑(ろくえん)」と呼ばれる鹿の飼育場などがあります。開放的な景観が特徴で、自然の息吹を感じながら散策することができます。
山岳区:自然を生かした風景区
避暑山荘の北部に広がる山岳区は、全体の約8割を占める広大なエリアです。険しい山々や深い谷が多く、自然の地形を最大限に生かした景勝地が点在しています。清音山荘、文津閣(ぶんしんかく)などの建物が点在し、特に「熱河泉」という温泉が湧き出る場所もあります。山道を散策することで、より自然の雄大さを肌で感じることができます。
外八廟の見どころ:多様な仏教寺院群
避暑山荘の周囲には、清朝皇帝が少数民族との融和を図るために建立した、壮麗で多様な様式の仏教寺院群、通称「外八廟」が点在しています。
普寧寺(ふねいじ):千手観音を祀る中国最大の寺院
外八廟の中でも特に重要な寺院の一つが普寧寺です。乾隆帝がジュンガル部の平定を記念して1755年に建立されました。最大の見どころは、大雄宝殿の背後に位置する大乗之閣に安置されている、高さ約22.28メートルを誇る世界最大の木造千手千眼観音菩薩像です。チベット仏教と漢伝仏教の様式が融合した独特の建築美も特徴で、広大な敷地内には多くの僧房や殿堂が立ち並びます。
普陀宗乗之廟(ふだそうじょうしびょう):ポタラ宮を模した壮麗な建築
「小ポタラ宮」とも称される普陀宗乗之廟は、チベットのラサにあるポタラ宮を模して1767年に建立されました。その壮大な規模と独特の赤い壁、白い回廊、そして多くの殿堂や塔が織りなす景観は、見る者を圧倒します。特に、皇帝の誕生日を祝うために建設されたと言われる中心部の「大紅台」は、記念撮影の定番スポットです。チベット仏教の様式が随所に見られ、清朝がチベットとの関係を重視していたことが伺えます。
須弥福寿之廟(しゅみふくじゅしびょう):パンチェン・ラマの居所
須弥福寿之廟は、1780年に、第6代パンチェン・ラマが乾隆帝の70歳の誕生日を祝うために承徳を訪れた際に滞在する場所として建立されました。チベットのタシ・ルンポ寺を模しており、黄色の琉璃瓦を戴く金碧輝煌(きんぺききこう)な建築が特徴です。寺院の中心部には、パンチェン・ラマが法を説いたとされる高さ20m以上の「妙高荘厳殿」があります。チベット仏教の最高指導者の一人をもてなすために造られたという歴史的背景が、その豪華さに表れています。
その他の主要な寺院
外八廟には上記の他に、以下のような特徴的な寺院があります。
- 普佑寺(ふゆうじ): 普寧寺の属寺として建立されたチベット仏教寺院で、多くの僧侶が修行しました。
- 安遠廟(あんえんびょう): 中国北西部のイリ地方のグールジャ寺院を模して建てられ、カルムイク族のラマ教信仰のために使用されました。
- 殊像寺(しゅぞうじ): 康熙帝が自ら建立を命じた寺で、文殊菩薩を祀る寺院です。
これらの寺院群は、それぞれ異なる歴史的背景と建築様式を持ちながらも、清朝の多民族支配と融和政策という共通のテーマを色濃く反映しています。
承徳へのアクセス方法と観光のヒント
承徳は北京の北東約250kmに位置しており、北京からの日帰り旅行も可能ですが、避暑山荘と外八廟をじっくり観光するには1泊2日以上の滞在がおすすめです。
北京からのアクセス(高速鉄道、バス)
- 高速鉄道(G列車): 現在、北京と承徳を結ぶ高速鉄道(京承高速鉄道)が開通しており、最も便利で速い移動手段です。
- 出発駅: 北京朝陽駅(北京朝阳站 – Beijing Chaoyang Railway Station)
- 到着駅: 承徳南駅(承德南站 – Chengde South Railway Station)
- 所要時間: 約1時間~1時間30分
- 利点: 快適で時間も正確。座席も確保しやすく、景色も楽しめます。
- 長距離バス: 北京市内から承徳行きの長距離バスも運行しています。
- 出発場所: 東直門バスターミナル(东直门长途汽车站 – Dongzhimen Long-distance Bus Station)など
- 所要時間: 約3~4時間(交通状況による)
- 利点: 高速鉄道より運賃が安い場合が多い。
- 欠点: 交通渋滞の影響を受けやすい。
承徳市内の交通手段
承徳市内での移動には、主に以下の方法があります。
- タクシー: 市内の主要な観光地間はタクシーで移動するのが便利です。料金はメーター制ですが、乗車前に確認するか、配車アプリ(滴滴出行 – Didi Chuxing)を利用するとスムーズです。
- 路線バス: 市内バス路線も充実していますが、観光客にとってはやや複雑かもしれません。主要な観光地へは直行するバスもあります。
- 観光バス/電気自動車: 避暑山荘内は広大なため、園内を巡る観光バスや電気自動車が運行しています。湖区での遊覧船も人気です。
効率的な観光ルート例
避暑山荘と外八廟を効率よく回るには、2日間を推奨します。
- 1日目:避暑山荘を中心に
- 午前:宮殿区の見学 → 湖区を散策(遊覧船も利用)
- 午後:平原区を散策 → 時間があれば山岳区の一部へ。
- 夜:承徳市内で食事。
- 2日目:外八廟を中心に
- 午前:普寧寺(大仏が必見)と普陀宗乗之廟(小ポタラ宮)の見学。
- 午後:須弥福寿之廟など、他の主要な外八廟を訪れる。
- 夕方:北京へ戻る。
承徳旅行のおすすめ時期と注意点
承徳は内陸性の気候のため、季節ごとの特徴がはっきりしています。
ベストシーズンはいつ?気候の特徴
- 夏(7月~8月): 「避暑山荘」の名が示す通り、本来のベストシーズンです。北京と比べて気温が低く、比較的涼しいため、避暑に適しています。ただし、雨季でもあり、降水量は多めです。
- 春(4月~5月)と秋(9月~10月): 気候が穏やかで過ごしやすいシーズンです。特に秋は空気が澄んで景色が美しく、紅葉も楽しめます。観光客も夏休みシーズンよりは落ち着いています。
- 冬(11月~3月): 非常に寒く、雪が降ることもあります。一部の屋外施設や庭園の美しさは損なわれますが、雪景色は幻想的です。オフシーズンで観光客が少なく、静かに歴史を感じたい方には良いかもしれません。
持ち物と服装のアドバイス
- 夏: 軽装で大丈夫ですが、日差し対策(帽子、サングラス、日焼け止め)と、突然の雨に備えて折りたたみ傘や軽いレインウェアがあると便利です。
- 春・秋: 日中は過ごしやすいですが、朝晩は冷え込むため、薄手のジャケットやカーディガンなどの羽織るものを用意しましょう。歩きやすい靴は必須です。
- 冬: 極めて寒いため、厚手のコート、セーター、手袋、マフラー、帽子など、徹底した防寒対策が必要です。滑りにくい靴を選びましょう。
- 共通: 避暑山荘内は広大で歩くことが多いので、快適なウォーキングシューズを履いていきましょう。

現地での食事と宿泊
- 食事: 承徳の料理は、河北省の地方料理が中心で、北京料理に近いものもあります。避暑山荘周辺や承徳市内に多くのレストランがあります。特に、鹿肉料理や山の幸、承徳ならではの満族料理なども楽しめます。
- 宿泊: 避暑山荘の近くには、様々な価格帯のホテルやゲストハウスがあります。観光の利便性を考えると、避暑山荘の入口付近に宿泊するのがおすすめです。
承徳の歴史と文化的意義
承徳の避暑山荘と外八廟は、単なる美しい建築物や庭園以上の、深い歴史的・文化的意義を持っています。
清朝の多民族支配と融和政策
避暑山荘と外八廟は、清朝がその最盛期に、多民族からなる広大な帝国をいかに統治しようとしたかを示す象徴的な場所です。清朝を建国した満州族は、漢民族、モンゴル族、チベット族など、多くの民族を支配下に置いていました。
皇帝たちは、武力だけでなく、宗教や文化を通じて各民族との融和を図る「柔性統治(柔軟な統治)」政策を重視しました。特にチベット仏教(ラマ教)は、モンゴル族やチベット族の信仰の中心であり、皇帝たちは外八廟の建立を通じて、自らがチベット仏教の守護者であること、そして多様な民族の信仰を尊重する姿勢を示しました。これにより、各民族の離反を防ぎ、帝国の安定を保つことに成功しました。
中国の庭園芸術と仏教建築の融合
避暑山荘は、中国の伝統的な山水庭園の最高峰の一つでありながら、各地の景観を取り入れ、西洋の造園思想も一部取り入れた多様な庭園芸術の集大成です。宮殿区の厳粛な雰囲気、湖区の江南庭園の優雅さ、平原区の広大さ、山岳区の自然な雄大さが一体となり、中国庭園の奥深さを表現しています。
一方、外八廟は、漢民族の建築技術とチベット仏教の様式が融合した独創的な仏教建築の宝庫です。特にポタラ宮を模した普陀宗乗之廟や、タシ・ルンポ寺を模した須弥福寿之廟などは、その規模と装飾において、文化間の交流と融合の傑出した例として、世界的に高い評価を受けています。
承徳の避暑山荘と外八廟は、清朝の政治的・文化的野心と、それを実現するための卓越した技術と芸術が結実した、人類共通の貴重な遺産と言えるでしょう。
よくある質問
承徳の避暑山荘と外八廟のベストシーズンはいつですか?
承徳の観光のベストシーズンは、夏(7月~8月)です。「避暑山荘」という名の通り、北京よりも涼しく過ごしやすい気候です。ただし、この時期は学生の夏休みなどで観光客も多めです。 比較的混雑を避け、気候も良いのは春(4月下旬~5月)と秋(9月~10月)です。特に秋は空気が澄んで景色が美しく、紅葉も楽しめます。
避暑山荘と外八廟の観光に何日必要ですか?
避暑山荘と主要な外八廟(普寧寺、普陀宗乗之廟、須弥福寿之廟など)をじっくり観光するには、最低でも1泊2日がおすすめです。
- 1日目: 避暑山荘(宮殿区、湖区、平原区、可能であれば山岳区の一部)
- 2日目: 外八廟巡り(普寧寺、普陀宗乗之廟など主要な寺院) 北京からの日帰りも可能ですが、その場合は避暑山荘のごく一部しか見ることができないため、慌ただしくなります。
避暑山荘は広いと聞きましたが、園内の移動はどうすればいいですか?
避暑山荘は非常に広大なため、園内を巡る観光バスや電気自動車の利用が必須です。湖区では遊覧船に乗ることもできます。これらを組み合わせることで、効率的に主要なエリアを回ることができます。特に夏は暑いため、無理せず乗り物を利用しましょう。
外八廟はすべて回るべきですか?
外八廟は全部で12ヶ所ありますが、観光客が一般的に訪れるのは、世界遺産の中心となる普寧寺、普陀宗乗之廟、須弥福寿之廟など数ヶ所です。これらを重点的に回るだけでも十分見ごたえがあります。時間に限りがある場合は、特におすすめの寺院を絞って訪れることを推奨します。
北京から承徳へのアクセス方法は?
北京から承徳への主なアクセス方法は、以下の2つです。
- 高速鉄道(G列車): 最も便利で速い方法です。北京朝陽駅(Beijing Chaoyang Railway Station)から承徳南駅(Chengde South Railway Station)まで約1時間~1時間30分です。
- 長距離バス: 北京東直門バスターミナル(Dongzhimen Long-distance Bus Station)などから出発し、約3~4時間かかります(交通状況による)。高速鉄道より運賃が安いことが多いです。
現地で英語は通じますか?
承徳の観光地やホテルでは、基本的な英語が通じるスタッフもいますが、多くの場合、中国語が主流です。翻訳アプリや指差し会話帳を持参すると便利です。団体ツアーに参加する場合は、英語ガイド付きのツアーを選ぶと安心です。
承徳の食事でおすすめのものはありますか?
承徳は河北省に属するため、北方系の料理が中心です。北京料理にも似た味付けのものが多く見られます。鹿肉料理や山の幸、満族の伝統料理なども提供しているレストランがあります。一般的には辛さ控えめですが、唐辛子を使う料理もあります。
避暑山荘と外八廟以外に、承徳周辺で訪れるべき場所はありますか?
避暑山荘と外八廟が承徳の主要な見どころですが、時間があれば以下の場所も検討できます。
- 棒槌山(バンツイシャン): 承徳市街地から見える奇岩で、承徳のシンボルの一つです。
- 磬錘峰国家森林公園: 棒槌山を含む自然公園で、ハイキングも楽しめます。 これらは避暑山荘や外八廟ほど大規模ではありませんが、承徳の自然景観の一部をなしています。