世界遺産は、地球上の多様な地域に点在し、それぞれが独自の「顕著な普遍的価値(Outstanding Universal Value: OUV)」を持っています。この価値を適切に評価し、保護し、未来へと引き継ぐためには、様々な専門的な概念の理解が不可欠です。
本記事では、世界遺産制度を深く理解するための重要な概念群を、その役割と具体例を交えながら解説します。これらの概念は、世界遺産検定の学習における中核をなし、世界遺産の真の魅力を知るための鍵となります。
世界遺産の基礎知識についてまとめます。世界遺産という言葉は聞いたことあるけど、世界遺産とは何を目的にどのような基準で登録されるのか、確認していきましょう。世界遺産検定を受検する方は、試験全体の20~25%を占める重要なパートとなります。
世界遺産の価値評価と保護の根幹をなす概念
これらの概念は、ある遺産が世界遺産として認められるべき「価値」があるかを判断し、それをどのように保護すべきかを考える上で最も基本的な柱となります。
真正性(Authenticity)
文化遺産に求められる最も重要な概念の一つで、その価値が「本物であること」を指します。遺産が持つ文化的背景の独自性や伝統が、素材、構造、工法、用途、精神性、場所、景観など様々な側面において、どれだけ忠実に継承され、維持されているかを評価します。 1964年のヴェネツィア憲章の考え方を反映し、1994年には日本の主導で採択された「奈良文書」により、木や土で構成され、修復や再建を繰り返す東洋の文化財における真正性の解釈(例:伊勢神宮の式年遷宮)にも対応できるようになりました。
- 具体例: 日本の多くの木造世界遺産(例:法隆寺、白川郷・五箇山の合掌造り集落)は、部材の交換を伴う伝統的な修復技法が「真正性」を保つとされています。
完全性(Integrity)
文化遺産、自然遺産を問わず全ての世界遺産に求められる概念です。その遺産の「顕著な普遍的価値」を構成するために必要な要素が全て含まれているか、そしてその価値を長期的に保護するための体制が整っているか、損なわれていないか、といった側面を評価します。
- 具体例: オーストラリアのグレート・バリア・リーフは、その広大な範囲と多様な生態系が十分に保護されているかどうかが「完全性」の観点から常に監視されています。
完全性を証明する条件は、3点が作業指針に記されている。
1.顕著な普遍的価値に必要な要素が全て含まれているか。
2.資産の重要性を示す特徴を不足なく代表するために、適切な大きさが確保されているか。
3.開発あるいは管理放棄による負の影響を受けていないか。
詳細はこちらで確認ください。
文化的景観
文化的景観は、人間社会が自然環境による制約の中で、社会的、経済的、文化的に影響を受けながら進化してきたことを示す遺産に認められる。1992年の第16回世界遺産委員会で採択された概念です。
文化的景観は大きく3つのカテゴリーに分類される。
1.意匠された景観
庭園や公園、宗教的空間など、人間によって意図的に設計された創造された景観。
2.有機的に進化する景観
社会や経済、政治、宗教などの要素によって生まれ、自然環境に対応して形成された景観。
3.関連する景観
自然の要素が民族に大きな影響を与え、宗教的、芸術的、文学的な要素と強く関連する景観。
1993年、ニュージーランドの「トンガリロ国立公園」において、世界ではじめて文化的景観の価値が認められた。
詳細は文化庁ホームページを確認ください。
世界遺産リストの多様性と適正な発展を目指す戦略
世界遺産リストの登録数が増えるにつれて、地域的・時代的・内容的な偏りが指摘されるようになりました。これを是正し、真に多様な世界の遺産を網羅するための戦略が打ち出されています。
グローバル・ストラテジー(Global Strategy)
世界遺産リストにおける地域的、時代的、内容的な不均衡を是正するため、1994年の第18回世界遺産委員会で採択された戦略です。特に、これまで過小評価されてきた地域(アフリカ、太平洋諸島など)、時代の遺産(産業関連遺産、20世紀以降の遺産)、テーマの遺産(先史時代の遺跡群、無形遺産との関連)の強化が挙げられます。
- 具体例: 産業革命遺産や、第二次世界大戦後の建築物などが近年登録されるようになったのは、この戦略の成果です。
1.地理的拡大
世界遺産を持たない国や地域からの登録を強化し、地理的な不均衡をなくす。
2.産業関係、鉱山関係、鉄道関係の強化
産業関連遺産は文化財とみなされず、現在も稼働中で体系的な保護・保全が行われていないことが多かったが、積極的に保護するよう求めている。
3.先史時代の遺跡群の強化
先史時代の遺跡は遺産価値を示す科学的根拠や保全体制が不十分などの理由から登録数が少なかった。最初期の貴重な証拠として、登録強化を求めている。
4.20世紀以降の文化遺産
現代の建築物は、時代の検証を経ておらず、文化財を保護するための各国の法体制から外れていることが多い。現代の文化遺産でも顕著な普遍的価値が認められるものは、積極的に保護するよう求めている。
詳細は文化庁ホームページを参照ください。
シリアル・ノミネーション・サイト(Serial Nomination Sites)
文化や歴史的背景、自然環境などが共通する遺産を、全体として顕著な普遍的価値を有するものとして登録した遺産である。必ずしも個々の遺産が顕著な普遍的価値を持っている必要はなく、全体として顕著な普遍的価値を持っていれば良い。
文化や歴史的背景、あるいは自然環境などが共通する複数の遺産を、単一のまとまりとして「顕著な普遍的価値」を有すると評価し、一つの世界遺産として登録する概念です。物理的に離れていても、コンセプトで繋がっていれば一体として保護されます。
- 具体例: 「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」は、富士山本体だけでなく、周辺の湖沼や神社など、信仰や芸術活動に関連する複数の資産が一体となって登録されたシリアル・ノミネーション・サイトです。
「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」のように1つの国内に全ての構成資産が含まれる場合もあれば、国境を越えてトランス・バウンダリーサイトとなる場合もある。以下にシリアル・ノミネーション・サイトの例を示します。
詳細はこちらで確認ください。
トランス・バウンダリー・サイト(Transboundary Sites)
自然は本来、国家の概念とは関係なく存在するものである。トランス・バウンダリー・サイトはそうした人為的な国境線にとらわれない自然遺産の登録推薦の際に提案された。
文化遺産の場合でも、「ベルギーとフランスの鐘楼群」のように、かつて1つの民族であっても、国境で分断されてしまうことがあり、そうした遺産の保護にもこの概念が用いられる。
・1つの国ある遺産が、拡大登録によってトランス・バウンダリー・サイトになる場合もある。
・国境を接する遺産であっても、別々に登録されているイグアスの滝などは、トランス・バウンダリー・サイトとはみなされない。
人為的な国境線にとらわれず、複数の国にまたがる自然遺産や文化遺産の登録に用いられる概念です。地球規模の生態系や、国境を越えた文化交流の歴史を適切に評価・保護するために重要です。
- 具体例: 「シュトルーヴェの測地弧」は、ノルウェーから黒海まで10カ国にまたがる測量地点群で、トランス・バウンダリー・サイトの代表例です。

世界遺産制度のより広範な取り組みと目標
世界遺産条約の枠組みを超え、持続可能な発展や人類の調和を目指す広範な取り組みも、世界遺産制度と深く連携しています。
人間と生物圏計画(MAB計画:Man and the Biosphere Programme)
ユネスコが推進する、生物多様性の保全と持続可能な利用を両立させるための地域設定プログラムです。「生物圏保存地域(エコパーク)」として指定され、「核心地域(厳正な保護)」「バッファー・ゾーン(研究・教育活動)」「移行地帯(地域住民の生活・持続可能な開発)」という三段階のゾーニングで重層的に保護活動を行います。
- 世界遺産との関連: 世界遺産の自然遺産とMAB計画の生物圏保存地域は、しばしば重複することがあり、互いに協力し合うことで、より広範な生態系保護に貢献しています。
日本からは、「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産である大峰山を含む「大台ヶ原・大峰山・大杉谷」など10件が登録されている。
生物圏保存地域では「核心地域」と「バッファー・ゾーン」「移行地帯」の三段階に分けて重層的に保護している。「バッファー・ソーン」「移行地帯」は世界遺産登録の範囲に含まれない。
詳細は文部科学省のホームページを確認ください。
世界遺産条約履行のための戦略的目標「5つのC」
2002年のブダペスト宣言で採択された、世界遺産条約の効果的な履行を目指すための5つの戦略的目標です。世界遺産の登録数増加や直面する課題に対応するため、長期的なビジョンとして打ち出されました。
- Credibility(信頼性): リストの信頼性と正当性を高める。
- Conservation(保存): 登録された遺産の保全を強化する。
- Capacity-building(能力開発): 遺産保護に関わる人々の能力を向上させる。
- Communication(情報伝達): 世界遺産の価値と重要性を広く伝える。
- Community(共同体): 地域住民の参加と貢献を促進する。
- 世界遺産との関連: これらは、世界遺産活動のすべての側面に影響を与え、持続可能な保護と管理を実現するための行動指針となっています。
詳細はこちらで確認ください。
まとめ
世界遺産を巡るこれらの多様な概念は、その普遍的価値を多角的に捉え、時代とともに変化する課題に対応しながら、人類共通の遺産を守り伝えていくための枠組みを形成しています。これらの概念を深く理解することで、私たちは世界遺産が単なる観光資源ではなく、地球と人類の歴史、そして未来に対する私たちの責任を象徴するものであることをより明確に認識できるでしょう。
・真正性は文化遺産に用いられる概念。
・完全性は全ての世界遺産に求められる概念で、世界遺産の顕著普遍的価値を構成するために必要な要素がすべて含まれ、また長期的な保護のための法律などの体制も整えられていること
・文化的景観は、人間社会が自然環境による制約の中で、社会的、経済的、文化的に影響を受けながら進化してきたことを示す遺産に認められる。
・グローバル・ストラテジ―は、世界遺産の不均衡の是正のため、1994年の第18回世界遺産委員会で採択された。
・シリアル・ノミネーション・サイトは文化や歴史的背景、自然環境などが共通する遺産を、全体として顕著な普遍的価値を有するものとして登録した遺産である。
・トランス・バウンダリー・サイトはそうした人為的な国境線にとらわれない概念。
・MAB計画では、生物圏保存地域を「核心地域」と「バッファー・ゾーン」「移行地帯」の三段階に分けて重層的に保護している。
・5つのCは、2002年にハンガリーのブタペストで世界遺産に関するブタペスト宣言が採択された。
世界遺産に興味を持たれた方は、世界遺産検定に挑戦してみてはいかがでしょうか。
世界遺産検定公式HP






世界遺産に関するよくある質問
世界遺産について、皆さんが疑問に思うことの多い質問とその回答をまとめました。
世界遺産って具体的に何を指すの?
世界遺産とは、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)が認定した、人類全体にとってかけがえのない価値を持つ文化財や自然地域のことです。地球上の多様な文化や自然の多様性を代表するもので、将来の世代に引き継いでいくべき宝物とされています。大きく分けて、人類の歴史や文化を示す「文化遺産」、地球の自然や生態系を示す「自然遺産」、そして両方の価値を兼ね備える「複合遺産」の3種類があります。
世界遺産に登録されると、何か特別なメリットがあるの?
世界遺産に登録されると、主に以下のようなメリットがあります。
- 国際的な認知度向上: 世界中からの注目を集め、観光客が増加することで、地域経済の活性化につながります。
- 保護・管理体制の強化: 国際的な基準に基づいた保護計画が策定され、必要に応じてユネスコの世界遺産基金からの支援も受けられます。これにより、より専門的かつ持続可能な形で遺産が守られます。
- 地域住民の意識向上: 遺産が世界的に認められることで、地域の人々の遺産への誇りや、保全活動への意識が高まります。
日本にはいくつ世界遺産があるの?
2024年7月現在、日本には26件の世界遺産が登録されています。内訳は、21件の文化遺産と5件の自然遺産です。
世界遺産って一度登録されたら、ずっと安泰なの?
いいえ、そうではありません。世界遺産は登録後も、その「顕著な普遍的価値」を維持しているか、ユネスコによって継続的にモニタリングされます。自然災害、開発、紛争、オーバーツーリズム(観光客の過剰な集中)などによって遺産が脅威にさらされた場合、その遺産は「危機遺産リスト」に登録されることがあります。これは、国際的な支援を促し、遺産の保護を強化するための措置です。極めて稀ですが、価値が完全に失われたと判断された場合は、世界遺産リストから削除される可能性もあります。
世界遺産と、日本の国宝や国立公園ってどう違うの?
- 世界遺産: ユネスコが国際的な基準に基づいて認定する「人類全体にとっての価値」を持つ遺産です。国際的な保護と協力の枠組みで守られます。
- 国宝: 日本国内の文化財保護法に基づき、特に価値が高いと国が指定する建造物や美術工芸品です。国内法による保護が主です。
- 国立公園: 自然公園法に基づき、優れた自然景観を持つ地域を国が指定・保護するものです。自然環境の保全と利用の調和を目指します。
これらは保護のレベルや管轄が異なりますが、例えば、日本の自然遺産である「屋久島」や「知床」は国立公園の一部であり、また文化遺産の中には国宝を含むものも多く、複数の保護制度が重なり合って適用されているケースも少なくありません。
世界遺産を訪問する際に、気を付けるべきことは?
世界遺産は貴重な人類共通の財産です。訪問する際には、以下の点に配慮しましょう。
- ルールやマナーを守る: 各遺産にはそれぞれの保護のためのルールがあります。立ち入り禁止区域に入らない、指定されたルートを歩く、ゴミは持ち帰るなど、現地の指示に従いましょう。
- 遺産に触れない・傷つけない: 建造物や自然物には直接触れたり、落書きをしたり、何かを持ち去ったりしないようにしましょう。
- 写真撮影に配慮する: フラッシュの使用が禁止されている場所や、特定の場所での撮影が制限されている場合があります。他の訪問者や地元住民への配慮も忘れずに。
- 地域文化を尊重する: 遺産が所在する地域の文化や伝統、人々の生活を尊重し、敬意を持って行動しましょう。
- 持続可能な観光を心がける: 大量の観光客が集中することで遺産や地域社会に負荷がかかることがあります。混雑時を避ける、公共交通機関を利用する、地元経済に貢献するなどの配慮も大切です。
海外ツアー




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