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都城(宮都)

都城(宮都)に関わる世界遺産(日本・中国・韓国の古代の都)を整理した図解

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世界遺産検定1級を目指す学習者に向けて、複数の世界遺産にまたがる「都城(宮都)」を整理した大辞典エントリーです。個々の遺産の解説ではなく、古代の都を示す世界遺産を横断して一覧できる索引として使えます(東アジアの都を扱います)。

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この記事を書いた人:kaz-travel

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目次

基礎データ

見出し語都城(宮都)
宮都天皇(王)の宮を中心とする都の総称(一般的な説明)。
都城宮を中心に、碁盤の目状の街区(条坊)を備えた計画都市。日本では藤原京(694年)が最初の本格的な例とされます(一般的な説明)。
日本の都の移り変わり飛鳥(588〜694年)→藤原(694〜710年)→奈良(710〜784年)→京都(794年〜)。UNESCOの記述による年代です。
関連する世界遺産11件(日本3件・中国5件・韓国3件。高句麗の都城は中国にあります)。下の一覧のリンクから、各遺産の大辞典エントリーへ移動できます。このほか、北朝鮮の開城を下に挙げます(大辞典には未収録)。

混同しやすい点:飛鳥・藤原・奈良・京都の順序と、中国の都

日本の宮都は、飛鳥(588〜694年)、藤原(694〜710年)、奈良(平城京、710〜784年)、京都(平安京、794年〜)の順に移りました。間の784〜794年は長岡京ですが、世界遺産ではありません。飛鳥・藤原は、中国の律令制をモデルに中央集権的な国家の仕組みができた時期の都で、奈良の前の都です。京都は、UNESCOの記述で「古代中国の都をモデルに」造られたとされています(唐の長安などがモデルとされます。一般的な説明)。中国側では、殷墟が中国史で最初に確認された都の遺跡で、北京と瀋陽の皇宮は明・清の宮殿、上都はモンゴルの草原に築かれた都です。

関連する世界遺産の一覧

日本

  • 飛鳥・藤原の宮都(2026年):奈良盆地南部の2つの古代都。飛鳥の都は588〜694年、藤原の都は694〜710年で、律令に基づく中央集権の仕組みが整った時期を示します。宮殿・役所、寺院、墳丘墓など19の構成資産があります。
  • 古都奈良の文化財(1998年):710年から784年まで日本の都だった奈良の寺院・神社・平城宮跡。8世紀の都の暮らしを伝えます。
  • 古都京都の文化財(1994年):794年に古代中国の都をモデルに造られ、19世紀半ばまで日本の都だった京都。17の構成資産が、都の歴史と文化を伝えます。

中国

  • 殷墟(2006年):殷(商)の後期(紀元前1300〜1046年)の都の遺跡。文献・甲骨文・発掘によって、中国史で最初に確認された都とされ、その配置は後の都の造りに影響しました。
  • 北京と瀋陽の明・清王朝皇宮(1987年、拡大2004年):明・清の皇宮。瀋陽の皇宮は、清が北京へ都を移す前に建てられ、のちに北京の皇宮を補う宮殿として使われました。
  • 上都遺跡(2012年):1256年に計画されたクビライ・カンの都の跡。遊牧と農耕の文化が出会った草原の都で、風水に従って配置されました。のちに元の夏の都となりました(一般的な説明)。
  • 高句麗前期の都城と古墳群(2004年):3つの都市(五女山城、国内城、丸都山城)と40基の墓を含みます。国内城は、主要な都が平壌に移ったあとも「副都」の役割を果たしました。
  • シルクロード:長安-天山回廊の交易路網(2014年):中国・カザフスタン・キルギスにまたがる遺産。UNESCOは、漢・唐の中国の中心の都だった長安・洛陽から中央アジアへ延びる交易路網として説明しています。長安は平城京・平安京のモデルとされる都です(一般的な説明)。

韓国

  • 百済歴史地域(2015年):475〜660年の百済の後期にあたる遺跡群。熊津(公州)と泗沘(扶余)の2つの都と、泗沘時代の副都・益山に関わる、城、宮殿、寺院、王の墓が含まれます。
  • 慶州歴史地域(2000年):新羅の都だった慶州の遺跡群。5つの地区(南山、月城、古墳公園、皇龍寺跡、城郭地帯)が、都としての価値を伝えます。
  • 南漢山城(2014年):ソウルの南東約25kmの山地にあり、UNESCOは朝鮮王朝(1392〜1910年)の非常時の都として設計されたと述べています。

北朝鮮(大辞典には未収録)

  • 開城の歴史的建造物群と遺跡群(2013年):高麗(10〜14世紀)の都だった開城について、UNESCOは都の風水的な配置や宮殿・城壁・城門を挙げています。

出典:UNESCO World Heritage Centre(飛鳥・藤原 https://whc.unesco.org/en/list/1757/ 、奈良 https://whc.unesco.org/en/list/870/ 、京都 https://whc.unesco.org/en/list/688/ 、殷墟 https://whc.unesco.org/en/list/1114/ 、北京・瀋陽の皇宮 https://whc.unesco.org/en/list/439/ 、上都 https://whc.unesco.org/en/list/1389/ 、高句麗 https://whc.unesco.org/en/list/1135/ 、シルクロード https://whc.unesco.org/en/list/1442/ 、百済 https://whc.unesco.org/en/list/1477/ 、慶州 https://whc.unesco.org/en/list/976/ 、南漢山城 https://whc.unesco.org/en/list/1439/ 、開城 https://whc.unesco.org/en/list/1278/ )。世界遺産検定公式サイトの飛鳥・藤原の解説 https://pamon.sekaken.jp/wh-list/asuka-and-fujiwara/ も参照。「宮都」「都城」の区別と長岡京の年代は一般的な説明による。

よくある質問

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トラブル

飛鳥・藤原・奈良・京都は、どの順番で都になりましたか?

飛鳥(588〜694年)→藤原(694〜710年)→奈良(710〜784年)→京都(794年〜)の順です(間に長岡京があります)。飛鳥・藤原は律令国家の仕組みができた時期の都、奈良は8世紀の都、京都は古代中国の都をモデルに造られた都です。

中国で最初に確認された都の遺跡はどれですか?

殷墟です。殷(商)後期の都の跡で、UNESCOは、歴史文献・甲骨文・発掘調査から、中国史で最初に確認された都の遺跡だと述べています。

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