古代朝鮮の王国・百済の後期の都に関わる遺跡群の基礎データを整理した大辞典エントリーです。1つの都市ではなく、3つの古都に関わる8遺跡から成る連続資産である点が識別のポイントです。
目次
基礎データ
| UNESCO登録名 | 百済歴史地域(英語名: Baekje Historic Areas) |
|---|---|
| 所在地 | 大韓民国中西部の山岳地帯(熊津・泗沘・益山の3つの古都に関わる8遺跡) |
| 登録年 | 2015年 |
| 登録基準 | (ii)(iii) |
| 構成 | 8つの遺跡(475〜660年) |
| 資産面積 | 135.1ha |
3つの古都に関わる8遺跡の連続資産
百済歴史地域は、475〜660年に栄えた百済後期の3つの都(熊津・泗沘・益山)に関わる8つの遺跡から成ります。熊津の都(公州)に関わる公山城と宋山里古墳群、泗沘の都(扶余)に関わる「官北里遺跡と扶蘇山城」・定林寺跡・陵山里古墳群・羅城、益山の王宮里遺跡と弥勒寺跡が構成資産です(官北里遺跡と扶蘇山城は、UNESCOでは1つの構成資産として数えられています)。百済は紀元前18年から660年まで続いた王国で、中国の都市計画・建築技術・芸術・宗教を取り入れ、日本を含む東アジアに広めました。
顕著な普遍的価値(OUV)・登録基準
百済歴史地域は次の2つの基準で評価されています。
- 基準(ii):古代の朝鮮・中国・日本の各王国の間での建築技術の交流と仏教の伝播を示すこと。
- 基準(iii):都城・仏教寺院・墳墓の立地、建築的特徴、石塔が、百済王国独自の文化・宗教・芸術の優れた証拠となっていること。
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よくある質問

百済歴史地域は1つの遺跡ですか?
いいえ。熊津・泗沘・益山の3つの古都に関わる8つの遺跡から成る連続資産です。


