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【世界遺産検定1級対策】良渚古城遺跡の「顕著な普遍的価値」を徹底攻略

莫角山から見渡した良渚古城遺跡の遺跡公園

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2019年7月6日、アゼルバイジャンのバクーで開かれた第43回世界遺産委員会で、「良渚古城遺跡」(リャンジュ)の世界遺産登録が決まりました。紀元前3300〜2300年ごろ、長江下流域の太湖周辺に栄えた初期の地域国家の「権力と信仰の中心」を、都の跡・ダム群・墓地と出土した玉器で伝える文化遺産です。1級では、暫定リストから登録までに構成資産も登録基準も変わった経緯と、黄河流域の遺跡との取り違えが狙われます。

この記事では旅行情報をいったん脇に置き、登録基準(iii)と(iv)がそれぞれ何を評価しているのかという「顕著な普遍的価値(OUV)」の中身を、1級の設問に耐えられる粒度で分解します。4つの構成資産がそろって初めて成り立つ論理、日本の古墳群・縄文遺跡群との比較まで整理しましょう。行き方や遺跡公園の回り方などの現地情報は良渚古城遺跡(リャンジュ)観光ガイド|行き方・見どころ・登録基準(総合ガイド記事)に委ねます。

この記事は、ユネスコ世界遺産センターが公開する登録決議・顕著な普遍的価値の声明(Statement of OUV)と、ICOMOS(国際記念物遺跡会議)の評価書をもとに執筆しています。

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この記事を書いた人:kaz-travel

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目次

良渚古城遺跡の基礎データ|まず数字から押さえる

1級では登録年・登録基準だけでなく、年代・構成資産の数・資産面積そのものが選択肢の判別材料になります。最初に一覧で頭に入れてしまいましょう。

項目内容
正式登録名(世界遺産検定の表記)良渚古城遺跡
英語名Archaeological Ruins of Liangzhu City
登録年2019年(第43回世界遺産委員会/アゼルバイジャン・バクー)
決議日・決議番号2019年7月6日/43 COM 8B.15
遺産種別文化遺産(シリアル・ノミネーション=連続性のある資産)
登録基準(iii)・(iv)の2つ
UNESCO ID1592
資産面積1,433.66ha
緩衝地帯(バッファゾーン)9,980.29ha(4つの構成資産で1つの緩衝地帯を共有)
構成資産4件(瑶山遺跡/谷口の高ダム/平野の低ダム・山前の長堤/城址)
年代紀元前3300〜2300年ごろ(新石器時代後期)
所在地中華人民共和国 浙江省 杭州市 余杭区(長江流域、天目山の東麓)
暫定リスト記載2013年1月29日(城址のみの単独資産、基準(ii)(iv)(vi))

公式情報:Archaeological Ruins of Liangzhu City(UNESCO World Heritage Centre)/決議 43 COM 8B.15(UNESCO)

同じ第43回委員会では、中国から自然遺産の黄海・渤海湾の渡り鳥保護区(第1段階、基準(x))も登録され、日本からは百舌鳥・古市古墳群が登録されています。百舌鳥・古市古墳群の登録基準は良渚古城遺跡と同じ(iii)(iv)。「2019年・バクー・(iii)(iv)」をセットで覚えておくと、日中の遺産を取り違えにくくなります。

良渚古城遺跡・4つの構成資産の位置関係(模式図)
良渚古城遺跡・4つの構成資産の位置関係(模式図。実際の距離・方角を正確に示すものではありません)

そもそも「顕著な普遍的価値(OUV)」とは何か

OUV(Outstanding Universal Value)とは、国境を越えて人類全体にとって重要であり、現在と将来の世代に共通して受け継ぐべき価値のことです。世界遺産は、①登録基準(i)〜(x)のうち1つ以上を満たすこと、②真正性(オーセンティシティ)・完全性(インテグリティ)の条件を満たすこと、③適切な保護・管理体制があることの3点がそろって、はじめて「OUVを有する」と認められます。良渚古城遺跡も、この3点セットで評価されています。

「人類全体の遺産」という考え方そのものは、【1級対策】世界遺産条約の基本理念:「人類全体の共通の遺産」という精神と法的効力で詳しく解説しています。用語があいまいな人は、世界遺産に関する重要用語・概念まとめと【世界遺産検定】登録基準(1〜10)を一発で覚える語呂合わせとキーワードで土台を固めてから読み進めてください。

良渚古城遺跡のOUVの核心は、UNESCOの声明にある次の一節に凝縮されています(当サイト訳)。

良渚古城遺跡は、稲作農耕を経済の基盤とし、社会の階層化と統一された信仰体系をもつ、中国の新石器時代後期に存在した初期の地域国家を示している

「稲作」「階層化」「統一された信仰」「初期の地域国家」という4つの語は、そのまま選択肢に使われやすい定型句です。UNESCOはさらに、この遺跡が中国文明の起源に長江流域が果たした大きな貢献を示すとしています。

②真正性・完全性、③保護管理体制はどう満たされたのか

考古遺跡である良渚古城遺跡では、②③は次のように説明されています。

  • 完全性(インテグリティ)——4つの構成資産に、価値を伝えるのに必要な要素がすべて含まれています。具体的には城址、外周の水利システム(ダム群)、階層ごとに分かれた墓地(祭壇を含む)、玉器に代表される出土品の4つの人工的な要素と、遺跡の機能に直結する自然の地形です。緩衝地帯には、山・丘・水域・湿地といった歴史的な環境や、都の周りに散らばる同時代の遺跡も含まれています
  • 真正性(オーセンティシティ)——遺跡は考古遺跡として保存され、紀元前3300〜2300年ごろの立地・配置・遺構の形・材料と技術などの情報をそのまま伝えています。出土した玉器も、形・種類・文様・材料と、複雑で精巧な加工技術を真正に保っています
  • 保護・管理体制——瑶山遺跡・山前の長堤・城址は国の最高ランクの保護(全国重点文物保護単位)を受け、2つのダム群は2017年に浙江省の保護対象に指定されました(登録時点で国の指定へ申請中)。4つの構成資産は1つの緩衝地帯を共有し、杭州良渚遺址管理区管理委員会が一元的に管理しています

登録基準(iii)の根拠|消滅した文明の「比類ない証拠」

登録基準(iii)は「現存する、あるいは消滅した文化的伝統や文明の、唯一の、あるいは少なくとも稀な証拠」です。良渚古城遺跡では、この「文明」が長江下流域の良渚文化にあたります。

「権力と信仰の中心」としての良渚

UNESCOは、良渚古城遺跡を良渚文化の権力と信仰の中心と位置づけ、新石器時代後期の長江下流域に存在した、稲作を基盤とし、階層化と統一された信仰体系を持つ初期の地域国家の際立った証拠だと評価しました。さらに、新石器時代後期から青銅器時代初期の中国と周辺地域における、文化的アイデンティティ、社会・政治の組織、社会と文化の発展について比類のない証拠を示している、としています。

ICOMOSは評価書で、基準(iii)を認めた理由を「長江下流域における良渚文化の最も際立った証拠であるため」と述べています。推薦書の比較分析でも、良渚古城遺跡は良渚文化の遺跡の中で唯一「都市」に分類され、大規模な水利システムと階層化された墓地を備えた遺跡とされました。

信仰を形にした玉器

統一された信仰体系の証拠とされるのが、墓から出土した玉器です。UNESCOは、出土品を「信仰体系を象徴する一連の玉器」と表現しています。代表的な玉琮(ぎょくそう)は四角い筒形の玉器で、神の顔と獣をかたどった文様が細かく刻まれています。王クラスの墓が集まる反山や、祭壇と墓地のある瑶山から多くの玉器が出土しました。

登録基準(iv)の根拠|初期の都市化を示す傑出した例

登録基準(iv)は「人類の歴史上重要な時代を例証する、建築様式・建築物群・技術の集積・景観の優れた例」です。良渚古城遺跡では、この「重要な時代」が小さな新石器時代の社会から、大きな統合された政治単位へ移り変わる段階にあたります。

UNESCOは、良渚古城遺跡が階層・儀礼・手工業を備えた大きな政治単位への移行を示し、その初期の都市化が次のような形で表れていると説明しています。

  • 土を盛って築いた大型の建造物——宮殿区が置かれた人工の高台(莫角山)や城壁、ダム
  • 都と周辺の景観の計画——宮殿区・内城・外城の三重構造と、都を囲む外周の水利システム
  • 墓地に表れた社会の階層——墓の規模や副葬品の差が、身分の差をそのまま示している
  • 空間の組織と権力の可視化——空間をどう使い分け、権力をどう形にしたかという社会・文化の戦略

UNESCOは、これらを5000年以上前の中国の先史時代の稲作文明が成し遂げた偉大な成果であり、初期の都市文明の傑出した例だとしています。基準(iii)が「どんな社会だったか」、基準(iv)が「その社会がどんな都市と景観を造ったか」を評価している、と分けて覚えると整理しやすくなります。

外周の水利システム(ダム群)が加わった意味

ダム群は、都の北西の谷にある谷口の高ダム(6か所)と、都の北と西にある平野の低ダム(4か所)・山前の長堤(約5km)からなります。ICOMOSの評価書によると、高ダムは紀元前3100〜2850年ごろに築かれ、2600年ごろまで使われました。大規模な土木工事を計画・実行できたこと自体が、労働力を組織できる国家段階の社会だったことの証拠になります。

保護棚の下で公開されている良渚の老虎嶺ダムの断面
保護棚の下で公開されている老虎嶺ダムの断面(写真: Siyuwj / CC BY-SA 4.0、リサイズして掲載)

暫定リストから登録まで|構成資産も基準も変わった

良渚古城遺跡は、暫定リストに載ったときの姿と、登録されたときの姿が大きく違う遺産です。文化遺産の審査を担う諮問機関ICOMOSの役割は【完全比較】三諮問機関(ICOMOS・IUCN・ICCROM)の役割と専門領域の違いで確認できます。

時点構成資産登録基準
2013年1月29日(暫定リスト記載)城址のみの単独資産(ii)(iv)(vi)
推薦(新規推薦)4件(瑶山遺跡・ダム群2件・城址)(iii)(iv)
2019年(第43回・登録)4件ICOMOSが(iii)(iv)とも満たすと評価し、勧告どおり(iii)(iv)で登録

つまり、暫定リストにあった(ii)と(vi)は外れ、新たに(iii)が加わった形です。ダム群と瑶山遺跡を加えて「権力と信仰の中心+水利システム+階層化した墓地」という国家の全体像を示せるようにしたことが、(iii)の根拠を厚くしたと理解できます。なお、北京中軸線・泉州・鼓浪嶼のように推薦した基準の一部が退けられた例と違い、良渚古城遺跡は推薦した2つの基準がそのまま認められた点も押さえておきましょう。

補足:ICOMOSの評価書が示す良渚古城の「4つの時期」

ICOMOSの評価書は、放射性炭素年代測定の分析をもとに、良渚古城の盛衰を次の4つの時期に分けています。都が造られ使われたのは紀元前3300〜2300年ごろで、紀元前2100年ごろまでに放棄されました。

  • 前期(紀元前3300〜3100年ごろ):大雄山周辺を中心に人々が活動し、格の高い墓地(瑶山など)が造られる
  • 中期(紀元前3100〜2850年ごろ):とくに紀元前3000〜2850年ごろが都の成立の決定的な時期。外周の水利システム、莫角山の高台、反山などの格の高い墓地が造られる
  • 後期の前半(紀元前2850〜2600年ごろ):高台の周りに集落が広がり、ダムや水路も引き続き使われる。内城の城壁もこの頃には建設・使用されていた
  • 後期の後半(紀元前2600〜2300年ごろ):城壁の内側と周囲の高台は集落として使われ続けるが、ダムはこの頃までに使われなくなった可能性がある

遺跡は1936年、考古学者の施昕更が新石器時代を代表する黒色の土器を見つけたことをきっかけに発見され、1959年に「良渚文化」と名づけられました。

1級で狙われるひっかけ7選

紛らわしい選択肢で失点しないために、出題者が仕掛けてきそうな地点を先回りして潰しておきます。

  1. 登録基準は(iii)(iv)。暫定リスト(2013年)の(ii)(iv)(vi)と混同しないこと。「(vi):中国文明の起源に関する思想と結びつく」といった選択肢は誤り
  2. 構成資産は4件。暫定リストでは城址のみ。ダム群や瑶山遺跡を含む「4件」が登録時の姿です
  3. 黄河ではなく長江。良渚は長江下流域(太湖周辺)の遺跡です。黄河流域の殷墟(紀元前14〜11世紀ごろの都)と取り違えさせる選択肢が定番
  4. 新石器時代後期。青銅器時代の遺跡ではありません。ただしUNESCOの(iii)の声明は「新石器時代後期から青銅器時代初期の中国と周辺地域」の社会の理解に役立つ、と述べており、この言い回しを使ったひっかけに注意
  5. ダムは「外周の水利システム」。高ダム6か所、低ダム4か所、長堤約5km。灌漑用水路を評価した青城山と都江堰水利施設(紀元前3世紀)とは時代も基準も違います
  6. 2019年・バクー・(iii)(iv)は百舌鳥・古市古墳群と同じ。同じ会合で、同じ基準の組み合わせで登録されました。「墳墓群」と「都の跡」で区別しましょう
  7. 発見は1936年、命名は1959年。1936年に施昕更が黒色の土器を発見し、1959年に「良渚文化」と名づけられました

似た遺産との識別ポイント|「先史時代」「都市の起源」「水の管理」で比べる

良渚古城遺跡は、中国の古代遺跡や、世界の新石器時代・初期の都市遺跡と並べて問われやすい遺産です。登録基準の並びで比べると整理しやすくなります。

遺産名国登録年登録基準良渚古城遺跡との違い・関係
良渚古城遺跡中国2019(iii)(iv)長江下流域・新石器時代後期の稲作の初期国家
殷墟中国2006(ii)(iii)(iv)(vi)黄河流域の殷の都。良渚より1000年以上新しい
北京原人化石出土の周口店遺跡中国1987(iii)(vi)中国の旧石器時代の遺跡。良渚と同じく(iii)を含む
青城山と都江堰水利施設中国2000(ii)(iv)(vi)紀元前3世紀の灌漑施設。良渚のダム群とあわせて押さえる
紅河ハニ族棚田群の文化的景観中国2013(iii)(v)稲作の景観。良渚と同じく(iii)を含む
百舌鳥・古市古墳群日本2019(iii)(iv)同じ会合・同じ基準。古墳時代の墳墓群
北海道・北東北の縄文遺跡群日本2021(iii)(v)狩猟・漁労・採集による定住社会。稲作の国家である良渚と対照的
チャタルヒュユクの新石器時代の遺跡トルコ2012(iii)(iv)同じ新石器時代・(iii)(iv)。ただし時代はさらに古い(前7千年紀)
聖都カラル・スペペルー2009(ii)(iii)(iv)約5000年前の南米の都市遺跡。初期の都市文明として比較

ここから得られる気づきは、「先史時代の社会の証拠(iii)+その社会が造った都市・景観の型(iv)」という組み合わせが、初期の都市・集落の遺跡に多いということです。そのなかで良渚の決め手は、長江流域・稲作・玉器・ダムの4点セットです。

直前チェックリスト|試験前日に見返す10項目

  • 登録は2019年、第43回世界遺産委員会(アゼルバイジャン・バクー)、決議日7月6日
  • 登録基準は(iii)(iv)(推薦どおり)
  • 暫定リストは2013年、城址のみ・基準(ii)(iv)(vi)
  • 構成資産4件:瑶山遺跡/谷口の高ダム/平野の低ダム・山前の長堤/城址
  • 年代は紀元前3300〜2300年ごろ(新石器時代後期)
  • 資産面積1,433.66ha、緩衝地帯9,980.29ha
  • キーワードは長江下流域・太湖周辺・稲作・階層化・統一された信仰・初期の地域国家
  • 玉器(玉琮など)=信仰体系の象徴
  • 城址は宮殿区・内城・外城の三重構造、宮殿区は莫角山
  • 同じ会合・同じ基準:百舌鳥・古市古墳群(日本)

(iii)と(iv)の見分けに自信がない人は、世界遺産検定 登録基準の練習問題20問|一問一答で判別で演習しておくと、この記事の内容が一気に定着します。世界の文化遺産をまとめて確認したい人は、【世界遺産検定1級】世界の文化遺産特化・模擬問題50問にも挑戦してみてください。

現地で覚えたい人へ|旅行情報は総合ガイドへ

良渚古城遺跡の遺構の多くは土に埋め戻されて保存されているため、現地では植栽で示された城壁や宮殿区の配置を歩いて体感する形になります。出土した玉器は良渚博物院で見られるので、博物院→遺跡公園の順で回ると、(iii)(iv)の根拠が目の前で一つにつながります。杭州からの行き方や遺跡公園の予約については、同じ遺産の総合ガイド記事にまとめています。

まとめ

良渚古城遺跡のOUVは、稲作・階層化・統一された信仰をもつ長江下流域の初期の地域国家の証拠(基準iii)と、その国家が土で築いた都市と水利の景観という初期の都市化の例(基準iv)の2本立てです。4つの構成資産——城址・ダム群・墓地・玉器——がそろって初めて「国家」の全体像が見える、という構造を理解していれば、登録基準を丸暗記する必要はありません。

あとは数字と境界線の確認です。紀元前3300〜2300年ごろ、4件・1,433.66ha、2013年の暫定リストは城址のみ・(ii)(iv)(vi)、そして黄河の殷墟ではなく長江の良渚。この記事のチェックリストで、取り違えやすい論点を先に潰しておきましょう。

基礎データだけを手早く確認したいときは、大辞典の「良渚古城遺跡」エントリーが便利です。中国のほかの遺産との横断整理は世界遺産の大辞典(まとめページ)から辿れます。

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よくある質問

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トラブル

良渚古城遺跡の登録基準(iii)と(iv)は、それぞれ何を評価していますか?

基準(iii)は、稲作を基盤とし、階層化と統一された信仰体系をもつ長江下流域の初期の地域国家の際立った証拠であることを評価しています。基準(iv)は、小さな新石器時代の社会から大きな政治単位への移行を示す、土の建造物・都と景観の計画・墓地の階層などに表れた初期の都市化の傑出した例であることを評価しています。

暫定リストに載ったときと、登録時の違いは何ですか?

2013年の暫定リストでは城址のみの単独資産で、基準は(ii)(iv)(vi)でした。その後、瑶山遺跡と2つのダム群を加えた4つの構成資産での推薦に改められ、2019年に(iii)(iv)で登録されました。

良渚古城遺跡は、殷墟より古いのですか?

はい。良渚古城遺跡は紀元前3300〜2300年ごろの新石器時代後期の遺跡で、黄河流域の殷墟(紀元前14〜11世紀ごろの殷の都)より1000年以上古い時代のものです。UNESCOは、良渚古城遺跡が中国文明の起源に長江流域が大きく貢献したことを示すと評価しています。

良渚古城遺跡と百舌鳥・古市古墳群には、どんな共通点がありますか?

どちらも2019年にアゼルバイジャンのバクーで開かれた第43回世界遺産委員会で登録され、登録基準も同じ(iii)(iv)です。ただし良渚は新石器時代後期の都の跡、百舌鳥・古市は古墳時代の墳墓群で、時代も遺跡の性格も異なります。

アイキャッチ画像: Siyuwj / CC BY-SA 4.0(元画像をトリミング・リサイズして掲載)

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良渚古城遺跡の(iii)(iv)と、殷墟・周口店などの登録基準の違いは、登録基準の練習問題20問で一問一答形式で確認できます。

この遺産の登録基準やOUVをさらに深く復習したい方は、世界遺産の大辞典で他の遺産の重要用語・三諮問機関の比較表もあわせてチェックしてみてください。

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