世界遺産検定1級を目指す学習者に向けて、複数の世界遺産にまたがる「キリスト教の伝来と潜伏」を整理した大辞典エントリーです。個々の遺産の解説ではなく、キリスト教が東アジアに伝わった歴史と、日本で禁教の時代に信仰が受け継がれた歴史に関わる世界遺産を一覧できる索引として使えます。辞典内の該当は2件と少ないため、世界の代表例を下の別見出しにまとめています。
基礎データ
| 見出し語 | キリスト教の伝来と潜伏(日本・マカオの世界遺産) |
|---|---|
| 定義 | キリスト教が外から伝わった歴史と、日本で禁教の時代に信仰が隠れて受け継がれた歴史(一般的な説明)。 |
| 世界遺産での現れ方 | 禁教の時代に信仰を受け継いだ集落(長崎と天草)/宣教師が来て西洋の建築が建った港(マカオ) |
| 関連する世界遺産 | 辞典内は2件(日本1・中国1)。ほかの代表例は、辞典に未収録の遺産として別見出しに挙げています。 |
混同しやすい点:「潜伏」の長崎と「伝来」のマカオ
同じキリスト教でも、遺産が示す歴史が違います。長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産は、17〜19世紀の禁教の時代に、信仰をひそかに受け継いだ人びとの遺産です。マカオ歴史地区は、16世紀半ばから1999年までポルトガルの統治下にあった国際貿易の港で、宣教師が宗教・文化の影響をもたらし、外来の建築が建った場所です。長崎は「信仰を隠して守った」遺産、マカオは「外から持ち込まれた」建築の遺産です。マカオの交易の面はシルクロード(東西交易路)のエントリーも参照してください。
関連する世界遺産の一覧
日本
- 長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産(2018年):計12の構成資産(10の集落・原城跡・大浦天主堂)。禁教の時代(17〜19世紀)にひそかに信仰を伝えた文化の伝統と、禁教の公式な解除(1873年。UNESCOの表現)後に共同体が復活した過程を示します。
中国
- マカオ歴史地区(2005年):ポルトガルと中国の建物が並ぶ歴史地区。UNESCOは、中国と西洋の最も早く、最も長く続いた出会いの一つを示すと述べています。
辞典には未収録の世界の代表例
辞典内の該当が少ないため、検定でよく問われる、キリスト教の宣教や教会に関わる世界の代表例を、リンクなしで挙げます(登録年はUNESCO)。
- ゴアの教会と修道院(インド、1986年):ポルトガル領インドの旧首都。フランシスコ・ザビエルの墓があるボム・ジェズ教会などが、アジアの布教を示すとUNESCOは述べています
- グアラニーのイエズス会伝道施設(サン・イグナシオ・ミニほか)(アルゼンチン・ブラジル、1983年):イエズス会の伝道施設
- ラ・サンティシマ・トリニダード・デ・パラナとヘスス・デ・タバランゲのイエズス会伝道施設(パラグアイ、1993年):イエズス会の伝道施設
- フィリピンのバロック様式教会群(フィリピン、1993年)(総合ガイド記事あり):バロック様式の教会群
よくある質問

「潜伏キリシタン」と「かくれキリシタン」は、どう違いますか?
潜伏キリシタンは、禁教の時代(17〜19世紀)に長崎周辺でひそかに信仰を伝えた人びとで、UNESCOが評価している文化の伝統です(英語では hidden Christians)。かくれキリシタンは、禁教が解かれた1873年以降もカトリックに戻らず、独自の信仰を続けた人びとを指します(一般的な説明)。
マカオ歴史地区には、どのような西洋の建物がありますか?
UNESCOによれば、中国で最初の西洋式の劇場・大学・病院・教会・要塞などの外来の建築が導入され、多くは今も使われています。さまざまな国の人びとが、宣教師とともにこの港に住みました。


