2024年7月26日、インドのニューデリーで開かれた第46回世界遺産委員会で、中国・内モンゴル自治区の「バダインジャラン砂漠」が自然遺産として世界遺産に登録されました。検定での表記は「バダインジャラン砂漠:砂の塔と湖群」。中国の報道によると、中国初の砂漠タイプの自然遺産であり、内モンゴル自治区で初の自然遺産です。
この記事では、行き方などの旅行情報はいったん脇に置き、登録基準(vii)と(viii)がなぜ認められたのかという「顕著な普遍的価値(OUV)」の中身を、1級の設問に耐えられる粒度で分解します。「音」まで評価された(vii)、(viii)の4つの要素のどれに当たるのか、自然遺産では真正性が問われない理由、そして同じ年・同じ基準で登録されたブラジルの遺産との識別まで、ひっかけになりやすい論点をまとめて整理していきましょう。
この記事は、ユネスコ世界遺産センターが公表している登録決議(46 COM 8B.2)と顕著な普遍的価値の声明(OUV声明)、UNESCO公式の世界遺産リストのデータをもとに執筆しています。

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バダインジャラン砂漠の基礎データ|まず数字から押さえる
この遺産は、とにかく数字がキーワードになっています。相対高度・湖の数・面積は、そのまま選択肢の判別材料になるので、最初に一覧で頭に入れてしまいましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 検定での表記 | バダインジャラン砂漠:砂の塔と湖群 |
| 英語名/中国語名 | Badain Jaran Desert – Towers of Sand and Lakes/巴丹吉林沙漠 |
| 所在地 | 中華人民共和国 内モンゴル自治区 アラシャン盟(アラシャン高原) |
| 登録年 | 2024年(第46回世界遺産委員会/インド・ニューデリー、7月26日) |
| 遺産種別 | 自然遺産(審査はIUCN) |
| 登録基準 | (vii)・(viii) の2つ |
| UNESCO ID/決議番号 | 1638/46 COM 8B.2 |
| 資産面積 | 726,291.41ha(約7,263km²) |
| 緩衝地帯(バッファゾーン) | 891,114.36ha |
| 最大の特徴 | 相対高度460mの巨大砂丘(固定された砂丘として世界一)/砂丘間湖144/鳴き砂 |
| 気候帯 | 温帯・超乾燥の砂漠 |
| 重なる保護制度 | アラシャン砂漠ユネスコ世界ジオパークほか |
公式情報:Badain Jaran Desert – Towers of Sand and Lakes(UNESCO World Heritage Centre)/Decision 46 COM 8B.2(世界遺産委員会の登録決議)
資産面積の約72万haは、東京都の3倍を超える広さです。それでもUNESCOによると、バダインジャラン砂漠は中国で3番目に大きな砂漠で、世界遺産になっているのはその一部にすぎません。「砂漠まるごと」ではなく、巨大砂丘と湖が連続して分布する範囲を選んで登録している点が、後で見る完全性の説明につながります。
そもそも「顕著な普遍的価値(OUV)」とは何か
OUV(Outstanding Universal Value)は、国境を越えて人類全体にとって重要であり、現在と将来の世代に共通して受け継ぐべき価値のことです。世界遺産は、①登録基準(i)〜(x)のうち1つ以上を満たすこと、②完全性(インテグリティ)などの条件を満たすこと、③適切な保護・管理体制があること、の3点がそろってはじめて「OUVがある」と認められます。
自然遺産の審査を担うのは諮問機関のIUCN(国際自然保護連合)です。文化遺産を審査するICOMOSとの役割の違いは、【完全比較】三諮問機関(ICOMOS・IUCN・ICCROM)の役割と専門領域の違いで整理しています。「人類全体の遺産」という考え方そのものは【1級対策】世界遺産条約の基本理念:「人類全体の共通の遺産」という精神と法的効力も参考にしてください。
バダインジャラン砂漠の場合、OUV声明の冒頭(概要)は、この遺産の性格を次のように要約しています。
湖と砂丘からなる砂漠の、かけがえのない自然遺産。気候変動と青海・チベット高原の隆起の継続の影響を強く受け、砂漠の形成過程は今も続いている(UNESCOのOUV声明の概要より、筆者訳)
「湖と砂丘」と「今も続いている」の2つが、そのまま基準(vii)と(viii)の柱になっています。
自然遺産では「真正性」は問われない
1級で差がつくのがこのポイントです。世界遺産条約の作業指針では、真正性(オーセンティシティ)の条件は文化遺産の登録基準(i)〜(vi)に適用され、完全性(インテグリティ)はすべての遺産に求められます。バダインジャラン砂漠のような自然遺産のOUV声明に「Authenticity」の項目がないのはこのためです。そのかわり、完全性と保護管理は次のように具体的に説明されました。
- 完全性(インテグリティ)——資産は巨大砂丘と砂丘間湖が連続して分布する範囲を丸ごと含み、OUVを伝える要素をすべて守れる広さがあるとされました。範囲内に舗装道路はなく、町や工場は資産と緩衝地帯の両方から除外されています。観光の影響は受け入れ能力の範囲内に抑えられ、湖の存続のために湖を養う地下水を使いすぎないことが欠かせない条件とされています
- 人の営み——遺産の大部分は無人の自然のままの砂漠ですが、ラクダ・ヤギ・ロバ・羊を飼う少数の遊牧民の家族が、昔ながらの持続可能なやり方で暮らしています。これは完全性を損なうものではなく、持続可能な利用として説明されています
- 保護・管理体制——自治区レベルの風景名勝区1か所と自然保護区2か所、ユネスコ世界ジオパークと国家ジオパークの指定が重なり、資産全体を国家級自然保護区とすることで保護を広げています。さらに将来の国立公園化によって最高レベルの法的保護を受けるとされています
登録基準(vii)の根拠|「砂の塔と湖群」がつくる自然美
登録基準(vii)は「最上級の自然現象、または類まれな自然美・美的価値を有する地域を含むもの」です。UNESCOは、温帯・超乾燥気候のもとで今も進行している砂漠の地形が、並外れた美的価値を生み出していると評価しました。根拠として挙げられている要素を分解すると、次のようになります。
- 平行に並ぶ固定された巨大砂丘(メガデューン)と、その間に点在する多数の砂丘間湖、さらに巨大砂丘の間の小さな砂丘がつくる、密度の高い景観
- 144の砂丘間湖が見せる多彩な色。色の違いは、塩分の濃さと微生物の群集の違いによるものです
- 世界一高い巨大砂丘(相対高度460m)の雄大さ。中国の報道では、この最高峰は必魯図峰(ビルトゥ峰)と呼ばれています
- 風食地形・オアシス・風紋(砂の表面のさざ波模様)
- 動き続ける砂丘がつくる、絶えず姿を変える景観
「音の景観」まで評価された珍しい(vii)
この遺産の(vii)で見逃せないのが、鳴き砂(シンギング・サンド)です。乾いたさらさらの砂が風などで動くときに共鳴して音を立てる現象で、UNESCOはその広がりを「並外れている」とし、遺産が注目すべきサウンドスケープ(音の景観)を持つと明記しました。基準(vii)は「目で見る美しさ」と思われがちですが、耳で感じる要素まで美的価値の根拠になりうるという好例として覚えておくと、記述式でも使える知識になります。
登録基準(viii)の根拠|今も続く砂漠の地形形成
登録基準(viii)は「生命進化の記録、地形形成における重要な進行中の地質学的過程、あるいは重要な地形学的・自然地理学的特徴を含む、地球の歴史の主要な段階を代表する顕著な見本」です。UNESCOがこの遺産について挙げた根拠は次のとおりです。
- 中国の3つの砂地の地域が出会う場所にあり、温帯・超乾燥気候のもとで砂漠の景観と地形が今も進化し続けている顕著な例であること
- 直線状・平行に並ぶ固定された巨大砂丘と砂丘間湖など、風がつくる地形(風成地形)の並外れた多様性を記録していること
- 地域の地殻変動と、気候の変化にともなう水文地質(地下水など)の変化が組み合わさってできた地形の、世界的にも非常に珍しい例であること
- 固定された巨大砂丘が世界で最も密集し、砂丘間湖の集中度も地球上で最も高いこと
(viii)の4つの要素のうち、どれに当たるのか
基準(viii)には、①生命進化の記録、②進行中の地質学的過程、③地形学的特徴、④自然地理学的特徴という4つの要素が含まれています。バダインジャラン砂漠が当たるのは②と③、つまり「今も形成が続いている砂漠の地形」です。
これに対して、同じ中国の(viii)でも澄江の化石出土地域(2012年)は、カンブリア紀の化石群による①生命進化の記録で評価されています。「(viii)=地形」とだけ覚えていると、化石の遺産で選択肢を外します。(viii)の中でもどの要素かまで意識しておきましょう。
IUCNが以前から「空白」と指摘していた砂漠
OUV声明には、もう一つ見逃せない一文があります。IUCNが2011年の砂漠景観に関するテーマ別研究と、2021年の基準(viii)の適用に関する研究の両方で、この砂漠を「世界遺産リストにまだ含まれていない、最も重要な砂漠景観・地形の一つ」として挙げていた、という点です。世界遺産リストの地域的・テーマ的な偏りを埋めるという考え方(リストの信頼性・代表性)とセットで、「なぜ今この砂漠が登録されたのか」を説明できるようにしておくと万全です。
1級で狙われるひっかけ7選
紛らわしい選択肢で失点しないために、出題者が仕掛けてきそうな地点を先回りしてつぶしておきます。
- 複合遺産ではなく自然遺産。 湖のほとりの寺院(バダインジャラン廟)や遊牧民の暮らしがあっても、文化遺産の基準は1つも持っていません。遊牧民の暮らしは「持続可能な利用」として完全性の説明に登場するだけです
- 基準は(vii)(viii)で、(ix)(x)はない。 OUV声明には夜行性の動物や塩湖にすむ生き物の記述もありますが、生態系・生物多様性の基準ではありません。同じ砂丘の遺産でも、ナミブ砂漠は(vii)(viii)(ix)(x)の4基準です
- 460mは「相対高度」。 ふもとからの高さであって海抜ではありません(中国の報道では、最高峰の海抜は約1,611m)。数値と単位の組み合わせを入れ替える出題に注意
- 「固定された」巨大砂丘。 UNESCOの概要は「固定(安定)された砂丘として世界一高い」と説明しています。(viii)でも「直線状の巨大砂丘の際立った安定性」が根拠になっているので、「固定」「安定」というキーワードごと覚えておきましょう
- 湖の数は144。 色の違いの原因は「塩分」と「微生物」。「鉱物の溶け込み」「藻の大量発生」など、もっともらしい別の原因にすり替える選択肢に注意
- 同じ年・同じ基準のブラジルと混同しない。 同じ第46回で、ブラジルのレンソイス・マラニャンセス国立公園も(vii)(viii)で登録されました。どちらも「砂丘と湖」が特徴なので、バダインジャラン=内陸の超乾燥砂漠・固定砂丘、レンソイス=ブラジルの海岸近くの砂丘と雨水がたまる湖と、国と立地で区別します
- 2024年は中国から3件の動きがあった。 第46回では、バダインジャラン砂漠のほか北京中軸線が新規登録され、中国の黄海・渤海湾沿岸の渡り鳥保護区は第2段階として範囲が拡大されました。日本からは佐渡島の金山が登録された回でもあります
似た遺産との識別ポイント|砂漠・砂丘の世界遺産を比べる
砂漠や砂丘が主役の世界遺産は、登録基準の組み合わせがよく似ています。表にすると、どこが違うのかがはっきりします。
| 遺産名(検定表記) | 国 | 登録年 | 登録基準 | 決定的な違い |
|---|---|---|---|---|
| バダインジャラン砂漠:砂の塔と湖群 | 中国 | 2024 | (vii)(viii) | 固定された巨大砂丘+144の砂丘間湖、鳴き砂 |
| レンソイス・マラニャンセス国立公園 | ブラジル | 2024 | (vii)(viii) | 同じ年・同じ基準。海岸近くの砂丘と湖 |
| ルート砂漠 | イラン | 2016 | (vii)(viii) | 同じ基準。風食による奇観(ヤルダン)が中心 |
| ナミブ砂漠 | ナミビア | 2013 | (vii)(viii)(ix)(x) | 海岸沿いの砂丘地帯。生態系の(ix)(x)も持つ4基準 |
| ウルク・バニ・マアリド | サウジアラビア | 2023 | (vii)(ix) | ルブアルハリ砂漠の一部。(viii)ではなく(ix) |
| ウヴス・ヌール盆地 | モンゴル・ロシア | 2003 | (ix)(x) | 砂漠を含むが、評価は生態系の(ix)(x)のみ |
| ワディ・ラム保護地域 | ヨルダン | 2011 | (iii)(v)(vii) | 砂漠の景観だが複合遺産。岩絵などで文化の基準も持つ |
| 中国の丹霞地形 | 中国 | 2010 | (vii)(viii) | 同じ中国の自然遺産で同じ組み合わせ。赤い砂岩の地形 |
| 新疆天山 | 中国 | 2013 | (vii)(ix) | 同じ中国北西部。(viii)ではなく(ix) |
ここから分かるのは、砂漠の地形と景観で評価される遺産は(vii)(viii)の組み合わせが基本で、(ix)(x)が加わるのは生態系や生物多様性まで評価された場合だということです。「砂漠だから(vii)(viii)」と当たりをつけつつ、ナミブ砂漠やウルク・バニ・マアリドのような例外を押さえておけば、選択肢で迷いません。登録基準そのものの覚え方は【世界遺産検定】登録基準(1〜10)を一発で覚える語呂合わせとキーワードでまとめています。
なお、同じ内モンゴル自治区には、文化遺産の元の上都遺跡(2012年)があります。自治区単位で問われたときに「文化=上都、自然=バダインジャラン」と整理しておくと便利です。
直前チェックリスト|試験前日に見返す10項目
- 登録は2024年、第46回世界遺産委員会(インド・ニューデリー)
- 自然遺産。登録基準は(vii)(viii)の2つ((ix)(x)はない)
- 検定表記はバダインジャラン砂漠:砂の塔と湖群
- 所在地は内モンゴル自治区(アラシャン高原)。中国初の砂漠タイプの自然遺産
- 最高の砂丘は相対高度460m=固定された砂丘として世界一
- 砂丘間湖は144。色の違いは塩分と微生物
- (vii)の根拠に鳴き砂の「音の景観」も含まれる
- (viii)は進行中の地形形成(地殻変動+気候変化にともなう水文地質の変化)。背景に青海・チベット高原の隆起
- 自然遺産なので真正性の項目はない。完全性の鍵は湖を養う地下水の管理
- 同じ年・同じ基準のレンソイス・マラニャンセス国立公園(ブラジル)と区別
このようなチェックリストを自分の弱点分野ごとに作っていく方法は、【世界遺産検定1級】直前チェックに最適!記憶を定着させる「1冊のまとめノート」作成法で詳しく解説しています。自然遺産の登録基準を問題形式で確認したい人は、世界の自然遺産&複合遺産の模擬問題30問にも挑戦してみてください。
現地で覚えたい人へ|旅行情報は総合ガイドへ
バダインジャラン砂漠は、舗装道路のない広大な砂丘地帯の中にあり、四輪駆動車で巨大砂丘を越えながら湖をめぐる遺産です。数百mの砂の斜面が湖に落ち込む景色や、足元で砂が鳴る感覚は、基準(vii)の根拠をそのまま体で覚えられる体験です。
行き方・観光日数・ベストシーズンなどの旅行実務は、同じ遺産のバダインジャラン砂漠(世界遺産)行き方・460m砂丘・144の湖(総合ガイド記事)にまとめてあります。基礎データだけをさっと確認したいときは、世界遺産の大辞典の「バダインジャラン砂漠(砂の塔と湖群)」も参照してください。
まとめ
バダインジャラン砂漠のOUVは、「固定された巨大砂丘と144の湖、鳴き砂がつくる類まれな自然美(基準vii)」と「地殻変動と気候変化のもとで今も続く砂漠の地形形成(基準viii)」の2本立てです。生き物の記述があっても(ix)(x)ではなく、寺院や遊牧民がいても複合遺産ではない——この線引きさえできていれば、選択肢で迷うことはありません。
残りは数字と識別の確認です。相対高度460m、144の湖、2024年・第46回・ニューデリー。そして同じ年・同じ基準のレンソイス・マラニャンセス国立公園との区別、自然遺産には真正性の項目がないという制度面の知識まで押さえれば万全です。
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よくある質問

バダインジャラン砂漠の登録基準は何ですか?
自然遺産の登録基準(vii)と(viii)の2つです。(vii)は固定された巨大砂丘と144の砂丘間湖、鳴き砂がつくる類まれな自然美、(viii)は地殻変動と気候の変化のもとで今も続く砂漠の地形形成が評価されました。生態系や生物多様性の基準(ix)(x)は含まれていません。
「砂の塔と湖群」とはどういう意味ですか?
英語の登録名「Towers of Sand and Lakes」の訳で、塔のようにそびえる巨大砂丘と、その谷間に点在する湖を指しています。最も高い砂丘は相対高度460mで、固定された砂丘としては世界一の高さ。湖は144を数え、砂丘間湖の集中度は地球上で最も高いとUNESCOは評価しています。
自然遺産のバダインジャラン砂漠には、なぜ「真正性」の説明がないのですか?
世界遺産条約の作業指針では、真正性の条件は文化遺産の登録基準(i)〜(vi)に適用されるためです。自然遺産では、登録基準に加えて完全性と保護・管理体制が問われます。バダインジャラン砂漠では、巨大砂丘と湖の分布域を丸ごと含む広さや、町・工場・舗装道路がないこと、湖を養う地下水の管理などが完全性の説明になっています。
バダインジャラン砂漠と混同しやすい世界遺産はどれですか?
同じ2024年の第46回世界遺産委員会で、同じ基準(vii)(viii)で登録されたブラジルのレンソイス・マラニャンセス国立公園です。どちらも「砂丘と湖」が特徴なので、国と立地(内陸の超乾燥砂漠か、ブラジルの海岸近くか)で区別しましょう。
アイキャッチ画像: Schwendi13 / CC BY-SA 3.0(元画像をトリミング・リサイズして掲載)
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