2016年7月15日、トルコのイスタンブールで開かれた第40回世界遺産委員会で、広西チワン族自治区の「左江花山の岩絵の文化的景観」が世界遺産に登録されました。左江(さこう)と支流の明江(めいこう)の断崖に、駱越(らくえつ)の人々が赤い顔料で描いた人物や銅鼓(どうこ)の図像が残る、中国で初めての岩絵の世界遺産です。
この遺産は、推薦時に申請した基準(i)が認められなかったこと、「38地点」と「3つの構成要素」という2種類の数字があることなど、1級で差がつく論点を多く抱えています。この記事では旅行情報をいったん脇に置き、登録基準(iii)と(vi)の根拠を中心に「顕著な普遍的価値(OUV)」を分解します。船からの見学方法や南寧からの行き方は、左江花山の岩絵(世界遺産)観光ガイド|行き方・登録基準・見どころ(総合ガイド記事)にまとめています。
この記事は、ユネスコ世界遺産センターが公開している「顕著な普遍的価値の言明」と、諮問機関ICOMOS(イコモス)の評価書の内容をもとに執筆しています。
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左江花山の岩絵の基礎データ|まず数字から押さえる
1級では、登録年・登録基準に加えて、推薦時の基準や地点数と構成要素の数が選択肢の判別材料になります。最初に一覧で頭に入れてしまいましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 正式登録名(日本語) | 左江花山の岩絵の文化的景観(世界遺産検定の表記) |
| 英語名 | Zuojiang Huashan Rock Art Cultural Landscape |
| 登録年 | 2016年(第40回世界遺産委員会/トルコ・イスタンブール。7月15日) |
| 遺産種別 | 文化遺産(文化的景観)。新華社によると中国49件目・文化遺産35件目で、中国初の岩絵の世界遺産 |
| 登録基準 | (iii)・(vi) の2つ |
| 推薦時の基準 | (i)(iii)(vi) → (i)は認められず |
| UNESCO ID | 1508 |
| 資産面積 | 6,621.6ha |
| 緩衝地帯(バッファゾーン) | 12,149.01ha |
| 構成 | 38地点の岩絵を含む3つの構成要素(シリアル・ノミネーション) |
| 所在地 | 広西チワン族自治区崇左市(寧明県・龍州県・江州区・扶綏県) |
| 年代 | 紀元前5世紀ごろ〜紀元2世紀ごろ |
| 描いた人々 | 駱越(らくえつ) |
そもそも「顕著な普遍的価値(OUV)」とは何か
OUV(Outstanding Universal Value)は、国境を越えて人類全体にとって重要であり、現在と将来の世代に共通して受け継ぐべき価値のことです。世界遺産になるには、①登録基準(i)〜(x)の1つ以上を満たす、②真正性と完全性の条件を満たす、③適切な保護・管理の体制がある、の3点がそろう必要があります。考え方の出発点は、【1級対策】世界遺産条約の基本理念:「人類全体の共通の遺産」という精神と法的効力で整理しています。
左江花山のOUVの核心は、UNESCOの言明の次の考え方に集約されます。
38地点の岩絵と、それを取り巻くカルスト・川・台地の景観が、かつて中国南部に広がっていた銅鼓文化を描いたと解釈される儀礼を伝えている
②真正性・完全性、③保護管理体制はどう説明されているか
登録基準の話ばかりが注目されますが、OUVは①だけでは成り立ちません。②③の説明まで押さえると、記述式の設問にも対応できます。
完全性・真正性・保護管理の要点を開く
- 完全性(インテグリティ)——3つの構成要素は、岩絵の描かれた崖・川・森・台地を含む比較的完全な地理的まとまりとされています。38地点は、岩絵の発展のすべての段階を代表する、最も保存状態のよい地点として選ばれたもので、開発や放置による問題も受けていないと評価されています
- 真正性(オーセンティシティ)——山と川に囲まれたそれぞれの地点が、2000年以上にわたって岩絵を守ってきたこと、岩絵の立地と環境、材料と実体が真正であることが根拠です。さらに、今も地元の人々が「絵の描かれた山」を敬い、儀礼や供え物を行っていることも、真正性の説明に含まれています
- 保護・管理体制——登録時、国家レベルの保護を受けていたのは38地点のうち寧明花山だけで、残り37地点は省(自治区)レベルの保護でした。広西チワン族自治区・崇左市の左江岩画の保護に関する規則や、村の慣習的な取り決めも保護の仕組みに含まれます。2015年1月に公布された保存管理計画は、採石・採砂・伐採・道路建設を禁止し、村の新しい建物を高さ8m・面積150㎡までに制限しています
なぜ「文化的景観」として登録されたのか
この遺産は、岩絵だけを登録したのではありません。岩絵が描かれた断崖、目の前を流れる川、対岸に広がる台地(人々が暮らし、儀礼を行った場所)までを一体として評価した文化的景観です。ICOMOSは、岩絵と崖、蛇行する川、肥沃な台地、そして結びついた儀礼の営みは「切り離せない」と評価しました。文化的景観の考え方は世界遺産に関する重要用語・概念まとめでも整理しています。
岩絵が川の湾曲部の切り立った石灰岩の崖に集中していること自体が、場所の選び方に意味があったことを示しています。「絵+場所+儀礼」の3点セットで価値が成り立つ、というのがこの遺産の基本の見方です。
登録基準(iii)の根拠|駱越の精神と社会を伝える「唯一の証拠」
登録基準(iii)は「現存する、あるいは消滅した文化的伝統や文明に関する独特な、あるいは稀な証拠を示すもの」です。UNESCOは、景観と岩絵の特別な組み合わせが、紀元前5世紀〜紀元2世紀に左江沿いで暮らした駱越の人々の精神生活と社会生活を生き生きと伝えており、今やその伝統の唯一の証拠であると評価しました。
何が描かれているか
岩絵の大半は、正面または横向きでひざを曲げ、両手を挙げた「しゃがむ姿」の人物で、儀礼の踊りを表すと考えられています。人物のまわりには、輪頭の剣などの武器、犬や鳥とみられる動物、羊角形の鈴、そして円形の銅鼓が描かれます。人物像の大きさは0.2m〜3.58mで、最大の3.58mの人物像は寧明花山にあります。寧明花山は38地点の中で最も図像が多く、ICOMOSの評価書では1,951点(うち人物像1,556点、銅鼓209点)が数えられています。
4つの段階の変化と「38地点」の選び方
研究者は、岩絵の場所と描き方から4つの段階を見分けています。最初期は左江の下流の低い位置に小さく写実的な像、次に大きな中心人物を小さな人物が囲む壮大な場面、その後は棒のように簡略化された人物、最後は似た形の人物が並ぶ記号のような表現へと変わっていきました。
UNESCOの言明は、38地点がこの「すべての段階」を代表するように選ばれたと明記しています。つまり38地点は「保存状態のよい岩絵を集めた」だけでなく、始まりから衰退までの流れを1つのシリーズで示すための選定であり、これが基準(iii)とシリアル・ノミネーションを結びつける論理です。ICOMOSの評価書によると、下流(構成要素3)ほど初期の岩絵、上流の明江(構成要素1)ほど発展期の複雑な場面が多いとされます。
| 構成要素 | 川 | 岩絵地点 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 構成要素1 | 明江(左江の支流) | 4地点 | 寧明花山を含む。発展期の複雑な場面が多い |
| 構成要素2 | 左江 | 16地点 | 中流域の岩絵群 |
| 構成要素3 | 左江(下流) | 18地点 | 初期の岩絵が多い |
4+16+18=38。地点数の内訳を足し算で確認しておくと、「38の構成資産」「3地点」のような数字の入れ替えに引っかかりません。
描き方と年代の調べ方
顔料は赤鉄鉱(ヘマタイト)に植物の樹液を混ぜたものとされ(ICOMOSの評価書)、岩絵は川面から15〜130mの高さに描かれました。崖には木の杭の跡が残り、足場を組んだり、崖の上から作業台をつり下げたりして描いたと考えられています。年代は、出土品との比較や、足場の木材・岩絵に付着した炭酸カルシウムの放射性炭素年代測定・ウラン系列年代測定などで調べられています。
登録基準(vi)の根拠|今も続く銅鼓文化との直接の結びつき
登録基準(vi)は「顕著で普遍的な価値をもつ出来事、生きた伝統、思想、信仰、芸術的・文学的作品と直接または実質的な関連があるもの」です。UNESCOは、太鼓とそれに関わる要素を描いた図像が、かつてこの地域に広がっていた銅鼓文化と直接結びつく象徴的な記録であると評価しました。
ポイントは、銅鼓が過去の遺物で終わっていないことです。UNESCOは、銅鼓が今も中国南部で権力の象徴として敬われていることに触れています。ICOMOSの評価書によると、地元の人々は銅鼓を祖先や神々とつながるものと考えており、記録上、遺産内の村人が最後に銅鼓を演奏したのは1919年とされています。
なお作業指針では、基準(vi)はほかの基準と組み合わせて使うことが望ましいとされています。左江花山も(vi)単独ではなく、(iii)=消えた駱越の伝統の証拠と(vi)=今も生きる銅鼓文化との関連をセットにして登録されました。「過去の証拠」と「現在まで続く伝統」の2方向から価値を説明している、と理解しておきましょう。
なぜ基準(i)は認められなかったのか|推薦時との違い
中国は当初、基準(i)(iii)(vi)の3つで推薦していました。基準(i)は「人間の創造的才能を表す傑作」です。しかしICOMOSは、ほかの岩絵の世界遺産との比較研究からは「傑作」とまでは言えないとして基準(i)を認めず、(iii)(vi)での登録を勧告。2016年の委員会もこれに沿って登録を決めました。
ここで覚えておきたいのが、岩絵の世界遺産=基準(i)とは限らないということです。ラスコーを含む「ヴェゼール渓谷の装飾洞窟と先史遺跡」(フランス、1979年)や「サウジアラビアのハーイル地方にある壁画」(2015年)は(i)(iii)を持つ一方、アジアの「タムガリの考古的景観にある岩絵群」「ゴブスタン・ロック・アートの文化的景観」「モンゴルのアルタイ山脈にある岩面画群」は(iii)のみです。ICOMOSが文化遺産の評価で果たす役割は、【完全比較】三諮問機関(ICOMOS・IUCN・ICCROM)の役割と専門領域の違いで確認できます。
1級で狙われるひっかけ7選
紛らわしい選択肢で失点しないために、出題者が仕掛けてきそうな地点を先回りしてつぶしておきます。
- 登録基準は(iii)(vi)の2つだけ。 (i)は推薦時の基準で、登録時には認められていません。「創造的才能を表す傑作として(i)」は誤りです
- 「38地点」と「3つの構成要素」を入れ替えない。 38は岩絵の地点数、3は構成要素の数です(4+16+18=38)
- 岩に刻んだ線刻(ペトログリフ)ではなく、顔料で描いた絵(ピクトグラフ)。 UNESCOの言明はpictographsと表現しています。線刻が中心のタムガリ・ゴブスタン・モンゴルのアルタイと取り違えないこと
- 描いたのは駱越の人々。 今、周辺の村で「絵の描かれた山」を敬い祭祀を行っているのはチワン族の人々ですが、UNESCOの言明で岩絵の作者とされているのは駱越です
- 年代は紀元前5世紀〜紀元2世紀。 旧石器時代の洞窟壁画(ラスコーなど)とは時代が大きく異なります
- 登録時に国家レベルの保護を受けていたのは寧明花山だけ。 「38地点すべてが国家級」という選択肢は、登録時点の説明としては誤りです
- 2016年の中国の新規登録は文化遺産1件・自然遺産1件。 同じ年に自然遺産の「湖北の神農架」が登録されています。年度別の横断問題で組み合わされやすいペアです
似た遺産との識別ポイント|「岩絵」と「同じ基準」で比べる
左江花山は、ほかの岩絵の世界遺産と、同じ(iii)(vi)の組み合わせを持つ中国の遺産の2つの方向から比較されます。
| 遺産名 | 国 | 登録年 | 登録基準 | 決定的な違い |
|---|---|---|---|---|
| 左江花山の岩絵の文化的景観 | 中国 | 2016 | (iii)(vi) | 顔料で描いた岩絵と崖・川・台地の文化的景観。(i)は認められず |
| ゴブスタン・ロック・アートの文化的景観 | アゼルバイジャン | 2007 | (iii) | 名称が似ている「岩絵の文化的景観」。(iii)のみ |
| タムガリの考古的景観にある岩絵群 | カザフスタン | 2004 | (iii) | ICOMOSの比較対象の一つ。(iii)のみ |
| モンゴルのアルタイ山脈にある岩面画群 | モンゴル | 2011 | (iii) | ICOMOSの比較対象の一つ。(iii)のみ |
| サウジアラビアのハーイル地方にある壁画 | サウジアラビア | 2015 | (i)(iii) | 左江花山の前年に登録。(i)を持つ |
| エネディ山塊:自然的・文化的景観 | チャド | 2016 | (iii)(vii)(ix) | 同じ2016年登録。岩絵を含む複合遺産 |
| 「天地の中央」にある登封の史跡群 | 中国 | 2010 | (iii)(vi) | 左江花山とまったく同じ基準の組み合わせ |
| 北京原人化石出土の周口店遺跡 | 中国 | 1987 | (iii)(vi) | こちらも(iii)(vi)。中国の先史・古代の遺産 |
| 中国南方カルスト | 中国 | 2007(2014年範囲拡大) | (vii)(viii) | 同じ広西のカルスト地形を評価した自然遺産 |
ここから得られる気づきは、岩絵の遺産は(iii)が共通の土台で、芸術的な傑作性が認められると(i)が、今も続く信仰や伝統との結びつきが認められると(vi)が加わる、という構図です。左江花山は後者のタイプ。同じカルスト地形でも、景観美と地形を評価した中国南方カルスト(自然遺産)と、岩絵と儀礼を評価した左江花山(文化遺産)は基準がまったく重ならない点もあわせて押さえておきましょう。
直前チェックリスト|試験前日に見返す8項目
- 登録は2016年7月15日、第40回世界遺産委員会(トルコ・イスタンブール)
- 登録基準は(iii)(vi)。推薦時の(i)は認められず
- 文化的景観。岩絵+崖・川・台地+儀礼が一体
- 38地点・3つの構成要素(4+16+18)
- 描いたのは駱越、年代は紀元前5世紀〜紀元2世紀
- (vi)の鍵は銅鼓文化。銅鼓は今も中国南部で権力の象徴
- 顔料で描いたピクトグラフ。最大の見どころは寧明花山(図像1,951点、最大の人物像3.58m)
- 同じ(iii)(vi)=登封の史跡群・周口店/同じ2016年=湖北の神農架
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岩絵の多くは川面から見上げる高さにあり、基本的には船から見学する遺産です。南寧から南凭高速鉄道で寧明東駅へ向かい、車で船着き場に移動して遊覧船に乗るのが一般的な流れです。蛇行する川と切り立った崖、その対岸の台地を船の上から眺めると、なぜ「文化的景観」として登録されたのかが一目で分かります。
行き方・観光日数・モデルコースといった旅行実務は、同じ遺産の総合ガイド記事にまとめてあります。

まとめ
左江花山の岩絵のOUVは、「駱越の精神と社会を伝える唯一の証拠(基準iii)」と「今も中国南部で敬われる銅鼓文化との直接の結びつき(基準vi)」の2本立てです。そして、推薦時の基準(i)が比較研究の結果認められなかった経緯が、1級らしい論点になります。
あとは38地点・3つの構成要素、紀元前5世紀〜紀元2世紀、2016年・イスタンブールという数字と、岩絵の遺産は(iii)が土台という比較の軸を押さえておけば、左江花山の設問で迷うことはありません。
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よくある質問

左江花山の岩絵の登録基準は?推薦時と違うのですか?
登録基準は(iii)と(vi)の2つです。中国は(i)(iii)(vi)で推薦しましたが、ICOMOSはほかの岩絵の世界遺産との比較から「人間の創造的才能を表す傑作」とまでは言えないとして基準(i)を認めず、2016年の世界遺産委員会は(iii)(vi)で登録を決めました。
岩絵は誰が、いつ描いたのですか?
紀元前5世紀ごろから紀元2世紀ごろにかけて、左江流域で暮らした駱越(らくえつ)の人々が描いたとされています。赤鉄鉱に植物の樹液を混ぜた赤い顔料で、儀礼の踊りとみられる人物や銅鼓などが描かれています。
なぜ岩絵だけでなく「文化的景観」として登録されたのですか?
岩絵は、川の湾曲部に切り立った崖に描かれ、対岸の台地は人々が暮らし儀礼を行った場所でした。ICOMOSは、岩絵・崖・川・台地と儀礼の営みは切り離せないと評価し、これらを一体の文化的景観として登録しています。
「38地点」と「3つの構成要素」はどう違うのですか?
38は岩絵が描かれた地点の数、3はそれらを川の流れに沿ってまとめた構成要素の数です。明江沿いの構成要素1に4地点、左江沿いの構成要素2に16地点、下流の構成要素3に18地点があります。
アイキャッチ画像: xiquinhosilva / CC BY 2.0(元画像をトリミング・リサイズして掲載)
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